ベースラインを超えていくボールが勝敗を決した時、ダニエル太郎は鋭く叫び声をあげ、清水悠太は両手を振り下ろし、身体を折ってうなだれた。

 ランキングポイントが付くわけではない。

 勝敗が公式戦のレコードブックに残るわけでもない。

 それでも、決勝戦での勝者と敗者のコントラストは、この試合や大会そのものが選手の中で帯びた価値を、明瞭に浮かび上がらせていた。

「普段のツアーと変わらないくらい……もしかしたら、いつもより気持ちが入っていたかもしれないです」

 清水は決勝後の会見で、マスク越しにもわかる強い思いを言葉に乗せた。

「新型コロナウイルスの影響で皆さんが会場に来られなかったり、でも来られないにも関わらず支援してくださったり。スタッフの皆さんが一生懸命がんばって、選手が安心してプレーできるようにしてくれているのも見えていたので」

「いつもより気持ちが入っていた」の背景にあるものは、大会を支えてくれた人々にプレーで応えたいという謝意と使命感。この大会が、選手に真剣勝負の場を与えたいという関係者たちの純粋な情熱から始まったことも、そして観戦を楽しみにするファンたちのクラウドファンディングで成り立っていることも、清水はよく知っている。
  そしてだからこそ、多くの人によって築かれたこのステージで、ツアー中断中に練習してきた成果を、上位選手にぶつけたいというチャレンジ精神にも一層熱がこもっていた。

 そのような清水の闘志を、ダニエルも全身で受け止めた。

 彼は勝利の瞬間の歓喜の成分を、「パズルを終わらせた時のような、ほっとした気持ち」だと表現している。

「悠太はレフティーだしトリッキーな選手で、身長(163cm)のわりにサービスもすごく良い。少しでもボールが浅くなるとフォアでウイナーを狙ってくるのでプレッシャーもすごい。タクティクス(戦術)的にも苦労したでの、そこをなんとか解けた自分を誇りに思ったうれしさでした」

 ダニエルは清水の実力を、そのように評した。
  サービスの向上は、今大会で清水自身も感じられた、一番の成長点だったという。ダニエルからの評価を伝え聞くと、「サービスが良くなって3球目で攻められるようになったので、それが攻撃的に見える理由ですかね……」とはにかみながらも、先輩からの評価をうれしく感じている様子だった。

 同時に、ダニエルにラウンドロビンと合わせ2敗を喫した事実を、真摯に受け止め糧とする。

「1大会に2回も負けたら、実力差と認めざるを得ない。また練習して、臨むのみです」

 優勝したダニエルにしてみても、切り返しのランニングショットやサービスなど、ツアー中断中に重点的に磨きをかけたプレーが発揮できたことは、大きな喜びだったという。

 ホテルに宿泊し、制約のある中で過ごす緊張感。試合の中で、自分のミスや相手からのプレッシャー、そして審判のジャッジに覚える苛立ち…、それら忘れかけていた大会特有の空気を思い出せたことも、8月に再開されるツアーへの格好の準備となった。

「たくさん緊張しストレスもたまり、筋肉痛もすごい。色んな意味で充実した3日間でした」

 優勝賞金やトロフィーと共に、多くの収穫をビーンズドームから持ち帰った。
 「8月のツアー再開に向け、自信がついたし良い準備ができた」と明言したのは、女子優勝者の加藤未唯も同様だ。いや、彼女の場合は、ここから進むべき道の正しさに確信を持たてという意味で、一層大きな価値を帯びたかもしれない。

 加藤が、当時プロ1年目の牛島里咲に敗れ「全然動けてない…」と落胆したのは、昨年11月のことだった。

 ダブルスに専念してから、約1年。久々のシングルを戦いながら、イメージの中の自分とあまりに重ならぬ身体の動きに、ショックを受けざるを得なかった。

 それから、8カ月――。

 今大会の準決勝で、加藤は牛島相手に見違えるようなプレーを披露した。

 力強いフォアを左右に打ち分け、相手のボールが浅くなると見るや前に詰めては、スイングボレーを豪快に叩き込む。

 打ち合いを支配された時も、快足を飛ばし決まったかに見えたボールをすくい上げ、スライスのアングルショットなどで逆にウイナーを奪って見せる。彼女の持ち味であるダイナミックな動きや創造性溢れるショットの数々が、コート狭しと描かれていた。
 「シングルスの練習をかなりやってきたので、その成果が出てすごくうれしいです」と彼女は言う。その練習内容とは、「深い位置を狙ってストロークを打つ」「両足を使ってサービスを打てるよう、メディシンボールを使ってトレーニングする」「練習前にも、家の近所を走る」など、いずれも地味で地道なものだ。

 ただそれらのベースアップがあるからこそ、「ニュートラルなボールの精度が上がり、無理しなくて良いようになったのが一番大きい」という。打ち合いを支配できれば、時間的な余裕も生まれる。そうなれば、ドロップショットやサーブ&ボレーなどの華やかなプレーも、自然と湧き出てくる。
  ツアー中断が決まった時は、モチベーションを失いかけたというが、今大会の開催が決まったことで、練習やトレーニングにも身が入った。その帰結の優勝に、加藤は「目指すところがあると、人間って頑張れるんで」と目尻を下げた。

「この3日間の自分のテニスを見たら、公式戦に出るのが楽しみ。早くグランドスラムの予選に出たいので、来年のUSオープンくらいまでにはランキングを上げたいです」

 手にした優勝トロフィーが、その目指す地点を指し示す。

BEAT COVID-19 OPEN
【開催期間】7月1日(水)〜3日(金)
【会場】ブルボンビーンズドーム(兵庫県三木市)
【種目】男女シングルス(男女各10名)
【競技方法】
1)予選は各リーグ5名によるラウンドロビン方式
2)決勝トーナメントは各リーグの上位1と位2位によるトーナメント方式
3)ショートセット(4ゲームマッチ)の3セットマッチ 決勝戦のみ3セットマッチ
4)試合は主審のみ。主審が全てのジャッジを行う。
【賞金】総額1,000万〜2,000万円
※クラウドファンディングにて集まった額に応じて決定

【男子試合結果】
■ラウンドロビン順位
Beat1=(1)ダニエル太郎、(2)清水悠太、(3)野口莉央、(4)小ノ澤新、(5)山中太陽
Beat2=(1)斉藤貴史、(2)伊藤竜馬、(3)望月勇希、(4)田沼諒太、(5)松井俊英
■準決勝
ダニエル 4−2、4−1 伊藤
清水 4−2、5−4(4) 斉藤
■決勝
ダニエル 5−4(6)、1−4、4−0 清水

【女子試合結果】
■ラウンドロビン順位
Beat1=(1)本玉真唯、(2)牛島里咲、(3)佐藤久真莉、(4)華谷和生、(5)日比野菜緒
Beat2=(1)加藤未唯、(2)今西美晴、(3)岡村恭香、(4)大前綾希子、(5)清水綾乃
■準決勝
加藤 4−1、4−1 牛島
今西 0−4、4−1、5−4(4) 本玉
■決勝
加藤 4−1、4−0 今西

取材●文:内田暁

【PHOTO】清水悠太のバックハンド、ハイスピードカメラによる『30コマの超分解写真』

@BEATCOVID19OPEN 優勝しました!PCR検査から試合の緊張などでドキドキの3日間でしたが目的にしていた通り緊張間一杯6試合もできました。リモート応援、クラウドファンディングで大会を可能にしてくれた皆様に1番感謝です!これからもよろしくお願いします!pic.twitter.com/skilkv9NYQ

— ダニエル太郎/Taro Daniel (@tarodaniel93) July 3, 2020