マイケル・ジョーダンとスコッティ・ピッペンは、言わずと知れたNBA史上最高級のデュオだ。1991〜93年、96〜98年にそれぞれ3連覇を達成してシカゴ・ブルズで黄金期を築き、ともにバスケットボール殿堂入りも果たしている。まさに“師弟関係”にあった2人だが、今年4月から5週にわたって放映されたドキュメンタリー『ザ・ラストダンス』が、絆に溝を生んでしまったようだ。

 ピッペンが1987年のドラフト1巡目5位でシアトル・スーパーソニックス(現オクラホマシティ・サンダー)に指名された後、ブルズへとトレードされたことでチームメイトとなった2人。しかし、当時すでにスーパースターだったジョーダンは圧倒的な個人技を武器に1人で攻め込む“ワンマン”スタイルで、すぐに無敵のデュオとなったわけではなかった。

 ひとつの転機となったのは、当時のデトロイト・ピストンズ、通称“バットボーイズ”に“ジョーダン・ルール”と呼ばれた反則まがいの守備で徹底的に封じ込まれ、1988年から3年連続でプレーオフの直接対決で涙を呑んだこと。ジョーダンはピッペンを含めて周囲を信頼するようになり、フィル・ジャクソンHCが標榜する「トライアングル・オフェンス」を取り入れて、91年から3連覇を成し遂げた。
  1年半の引退期間を挟み、ジョーダンが現役復帰を果たした翌年から再び3連覇を達成することになるが、最後に優勝した1997−98シーズンはピッペンが開幕前に足の手術に踏み切って約3か月欠場。その結果、ブルズは序盤戦で大いに苦しんだ。これは1991年に7年総額1800万ドル(現在のレートで約19億1000万円)で長期契約を結んでいたピッペンが、ジョーダンに次ぐ実力を誇っていたにもかかわらず、97−98シーズンの年俸がリーグ122番目の260万ドル(約2億8000万円)という低評価に不満を抱えて手術を遅らせたことが影響しており、『ザ・ラストダンス』内でジョーダンは、「スコッティは利己的だった」と発言している。

 長年ブルズを追いかけ、ジョーダンの“裏の顔”が明かされた有名な書籍『ジョーダン・ルール』の著者でも知られるサム・スミス記者は、『The New Yorker』でドキュメンタリーでのピッペンの描写とピッペン&ジョーダンとの関係について問われ、「今、彼らの関係が良いとは思わない」と2人の関係性に亀裂が入る可能性を指摘した。
 「スコッティは(ドキュメンタリーで)マイケルに利己的と言われて傷ついたのは間違いない。おそらく怒りではなく、傷心だ。スコッティはマイケルを尊重していたからね」

 スミス記者はジョーダンを「単なるバスケットボール選手ではなく、社会に影響を与えるインフルエンサーだ」と表現するとともに、ピッペンは“同等の扱い”を望んでいたとの見解を示している。

「スコッティはマイケルが(2013年に)再婚した時、結婚式にいたはずだ。つまり、彼らは常に相反する感情を持ちながらも、その関係が保たれてきた。スコッティは、マイケルのグループの中にいたかった。なぜなら、彼のそばにいればスポットライトが明るく輝くからね。だけど、決して自分のことをゴマすり野郎だとは思っていなかった。一方でマイケルも、周囲の人間を使用人ではなく、助手として扱う傾向にある。スコッティは時々、マイケルの対等以下の扱いに腹を立てることがあった。彼はマイケルへの思いが右往左往させていると思う。ドキュメンタリーでその心は少し離れたかもしれない」
  ジョーダンは2010年、ピッペンが殿堂入りした際にプレゼンターとして登壇し、ピッペンを「史上最高のチームメイト」と称した。ピッペンもまたジョーダンに対して、「あなたは数えきれない人々の人生に影響を与えてきたが、僕ほど大きな影響を受けた者はいない」とメッセージを送り、リスペクトを示している。

 果たして、ドキュメンタリーでの「利己的」発言をきっかけに、NBA史上最高のデュオの関係に亀裂が生じてしまうのだろうか。

構成●ダンクシュート編集部

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