12年の歳月を経て、再び活発になり始めた議論がある。NPBにおける「ドラフト拒否選手の復帰制限問題」、いわゆる『田澤ルール』だ。

「『時代錯誤』という声もありますが、『今の時代に合わない』という問題ではないですよね。そもそも当時から、おかしい問題だと思います」

 そう語るのは、日本プロ野球選手会の森忠仁事務局長だ。

 2008年、新日本石油ENEOSに所属していた田澤純一はドラフト上位候補に挙げられていた。しかし、NPB球団に指名の見送りを要請し、ボストン・レッドソックスに入団した。すると、さらなるアメリカへの人材流出を恐れたNPBの12球団は、「アマチュア選手がNPBのドラフトを拒否し、海外球団と選手契約した場合において、当該球団退団後2年間(高卒選手の場合は3年間)のNPB所属球団との契約を禁止する」と申し合わせたのだ。

 ただし、明文化されたルールではなく、あくまで口約束にすぎない。“村社会”であるプロ野球にはさまざまな掟が存在するが、『田澤ルール』は「独占禁止法」に抵触することをNPBも分かっているから書面に残していないのだろう。

 ちなみに選手会は、公式HPでこう指摘している。
「NPBが導入したこの復帰制限ルールは、プロ野球選手が、日本のプロ野球球団と契約し、年俸を得るという経済活動を著しく制限することから、独占禁止法上明らかに違法であり、選手会は、NPBに対して、このルールの撤廃を求めています」(日本プロ野球選手会の公式HPより)
 『田澤ルール』は日本国憲法で保証される「職業選択の自由」を妨げるものと考えられ、「人権」に関する問題だ。2008年当時、選手会は事務局や顧問弁護士を中心に問題意識を抱き、公式HPに上記などの見解を掲載した。

「選手会の会員になる可能性があるという観点ではなく、一人の野球人が野球生命を絶たれかねないところに問題意識を持ちました」

 2020年7月21日、筆者の電話取材に対し、森事務局長はこう答えた。同月13日、田澤がBCリーグの埼玉武蔵ヒートベアーズへの入団を発表したことで、今、田澤ルールが再び注目を集めている。そうして議論が活発になっているが、選手会は以前からNPBに問いかけてきたという。

「ずっとおかしいと思っていて、その都度、問いかけをNPBにしてきました。田澤選手がアメリカで自由契約になった場合、こっち(選手会)には『(去就を)どうするんだ?』と考えるところがあります。今回も、どこかのタイミングで(NPBに)問いかけをすると思います」(森事務局長)

 田澤ルールの是非は、火を見るより明らかだ。だからこそ、多くのメディアで見直しを求める声が挙がっている。ただし今、もっと大事な論点がある。大半の人がおかしいと考えるこの問題を、どうすれば解決できるか、だ。
  田澤は2019年にシンシナティ・レッズとマイナー契約を結び、今年3月、契約解除された。新型コロナウイルスの感染拡大が広がるアメリカでは今季のマイナーリーグが中止となり、田澤はプレー機会を求めて日本に帰国した。

 そうしてBCリーグの武蔵と契約したが、その先にNPB入りを見据えているのか。また、田澤を獲得したいNPB球団はあるのだろうか。両者の思惑が合致した時、障壁を乗り越える道筋が浮かび上がってくる。

 田澤がこれまでメディアで発言してきた内容を振り返ると、プロのキャリアを始めたアメリカで野球人生を終えるつもりだったように感じられる。それが今年、誰も予期せぬパンデミックが発生し、日本に帰国した。現役選手としてプレーできる環境が、BCリーグにあったからだ。

 自らの右腕でキャリアを切り開き、MLBやマイナーで通算11年間プレーして34歳になった今、独立リーグでどんな投球を披露するのか。ファンやメディアだけでなく、NPBのスカウトも熱視線を向けるはずだ。BCリーグの舞台で快投を見せた場合、獲得したいと考えるNPB球団が現れる可能性もあるだろう。もしかしたら、田澤自身の胸にも、NPBでプレーしたいという気持ちが強くなるかもしれない。
  そうなった時、NPBの球団間で話し合い、『田澤ルール』を見直せばいい。あと2年間待たずとも、希望する球団は今年のドラフト会議で指名できるように申し合わせる。新型コロナウイルスの収束はなかなか見通せず、来季以降の新外国人選手の獲得に影響が出る可能性もある中、田澤のように経験豊富なベテランを欲しい球団もあるはずだ。だからこそ、以上のように道筋をつければ、多くの人がハッピーな未来に向かうことができる。

 球界全体のためにも、選手会の森事務局長は理不尽なルールの変更を求めている。「こんな制限があるのは野球だけですよね。バスケットボールでは八村塁選手がNBAに行ったけど、同様の制限があるわけではありません。野球界の裾野を広げていくためにも、海外で活躍できる可能性を持たせておいたほうが、子供たちにとって夢が広がりますよね」

 12年前、大志を抱いた青年の行動に恐怖心を覚え、NPBは人権を妨げるようなルールを設けた。プロ野球という“村社会”には、これ以外にもさまざまな掟が存在する。例えば保留制度や、FA制度で選手に権利の行使を「宣言」させる仕組み、さらにドラフト会議も“プロ野球村”の掟に則って行われているものだ。

 ただし『田澤ルール』はあくまで口約束にすぎず、“村人”たちの合意があれば、簡単に変えられるはずである。どうすれば、その道筋をよりスムーズにつけることができるか。12年前にできた理不尽なルールに決着をつけられるのは、現状、田澤自身において他ならない。

 まずは独立リーグで好投を見せることが、『田澤ルール』の解決への第一歩となる。

取材・文●中島大輔

【著者プロフィール】 
なかじま・だいすけ/1979年生まれ。2005年から4年間、サッカーの中村俊輔を英国で密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に野球界の根深い構造問題を描いた『野球消滅』。『中南米野球はなぜ強いか』で2017年度ミズノスポーツライター賞の優秀賞。