1946年の創設から74年。その長い歴史の中でNBAは何人ものスーパースターを輩出し、ファンを楽しませてきた。では、各チームの「歴代ベスト5」を選出したら、一体どんな選手が並ぶのか。『THE DIGEST』では、NBAに精通する識者に依頼し、全30チームのベストメンバーを選んでもらった。今回は、創設が1988年と比較的浅い球団史ながら、21世紀に入り3度もリーグ制覇を成し遂げている「マイアミ・ヒート」編をお届けしよう。

【ポイントガード】
ティム・ハーダウェイ
1966年9月1日生。183cm・79kg
在籍期間:5シーズン半(1996〜2001)
成績:367試合、平均17.3点、3.2リバウンド、7.8アシスト

 パット・ライリーが作り上げたヒートの超攻撃型ポイントガード(PG)として、1990年代を代表する強豪チームの牽引車となった。代名詞になった“キラークロスオーバー”はあまりにも有名。ドライブの印象が強いがシューターとしても優秀で、ヒートのバックコート選手としては史上2位の通算得点を叩き出しただけでなく、チームを安定した形で勝利に導き続けたことも特筆に値する。
  1996年途中にゴールデンステイト・ウォリアーズから加入して以降、ハーダウェイがフルシーズンを過ごした5年すべてでチームは勝率6割以上を記録。4度のディビジョン制覇も果たし、シカゴ・ブルズ、ニューヨーク・ニックスといったイースタン・カンファレンスの強豪との激闘でリーグを大いに沸かせた。ファイナルの舞台に辿り着くことはできなかったが、アロンゾ・モーニング、ジャマール・マッシュバーンらとともに構成した魅力的なラインナップを、マイアミファンは懐かしく思い出すはずである。

【シューティングガード】
ドゥエイン・ウェイド
1982年1月17日生。193cm・100kg
在籍期間:14シーズン半(2003〜16、18〜19)
成績:948試合、平均22.7点、4.7リバウンド、5.6アシスト

 ご存知“ミスター・ヒート”。比較的新しいチームにもかかわらず、ヒートはすでに多くのスーパースターを輩出しているが、そのなかでもフランチャイズの看板として記憶されるべきはウェイド以外にいない。
  2003年の入団当初から、ひたむきにゴールに飛び込んでくる鮮烈なプレースタイルが多くのファンの心を掴んだ。2006年、シャキール・オニールやアロンゾ・モーニング、ゲイリー・ペイトンといったビッグネームをサポーティングキャストに押しやり、エースとして初優勝に大きく貢献。特にダラス・マーベリックスとのファイナルでは平均34.7点と大爆発し、ほぼ独力でマイアミに逆転勝利をもたらしたパフォーマンスは伝説となっている。

 また、2010年にレブロン・ジェームズ、クリス・ボッシュと“スリーキングス”を結成以降は、レブロンに次ぐNo.2にスムースに収まる適応能力も示した。通算得点や出場時間、アシスト、スティールはすべてフランチャイズ史上1位。晩年はブルズ、クリーブランド・キャバリアーズにも移籍したが、最後にヒートに戻ってキャリアを終えたことは、地元ファンに対する最高のプレゼントとなった。ウェイドの名声と功績はマイアミで永遠に語り継がれ、いつしか時を超えていくに違いない。
 【スモールフォワード】
レブロン・ジェームズ
1984年12月30日生。206cm・113kg
在籍期間:4シーズン(2010〜14)
成績:294試合、平均26.9点、7.6リバウンド、6.7アシスト

 2010年夏、満場一致で当時のリーグベストプレーヤーだったレブロンは、電撃的にヒートへの移籍を表明。ウェイド、ボッシュとの強力トリオがここに誕生し、NBAの歴史は少なからず変化した。

 以降、チームは4シーズン連続でファイナルに進出し、2012、13年には連覇を達成。この4年間でレブロンは平均26.9点、7.6リバウンド、6.7アシストを叩き出し、2度のシーズンMVPに輝く。その過程で、NBAプレーヤーとして完成の域に到達し、現役にしてレジェンドの1人として数えられるまでになったのだった。

 これから先も、レブロンはやはり“キャバリアーズの英雄”というイメージで記憶されていくのだろう。現役を終える頃には、現在所属するロサンゼルス・レイカーズでの印象の方が強烈になるのかもしれない。それでも、選手としてピークに達したヒート時代の功績が素晴らしかったことに変わりはない。レブロンが「カレッジに行ったような感じ」と表現したマイアミでの4年間が、忘れられることもないはずだ。
 【パワーフォワード】
アロンゾ・モーニング
1970年2月8日生。208cm・118kg
在籍期間:11シーズン半(1995〜2003、05〜08)
成績:593試合、平均16.0点、8.1リバウンド、1.1アシスト

 PGからスモールフォワード(SF)までの選考は比較的容易だが、パワーフォワード(PF)とセンターを選ぶのは難しい。ヒートのフランチャイズに大きなインパクトを残したモーニング、シャック、ボッシュという3人の偉大なビッグマンがいるからだ。

 レブロン、ウェイドとともに連覇を達成したボッシュも捨て難いが、やはりモーニングを外すべきではないのだろう。本来のセンターではなく、PFという形で“ZO(モーニングの愛称)”をベスト5に組み込ませていただいた。

 1995年の加入後、ハーダウェイとともにヒートをイーストのエリートチームへと成長させたモーニングは、1990~2000年に2年連続で最優秀守備選手賞を獲得。腎臓疾患で一度は引退を余儀なくされるが、不死鳥のように蘇り、2006年にはかつてのライバルだったシャックのバックアップとして球団初優勝に貢献した。

 特に勝負を決めたファイナル第6戦では5ブロックをマークし、ようやく手にした栄冠に花を添えたのも思い出深い。コート内外でヒートの象徴的な存在だっただけに、現役引退後、背番号33がチーム史上初の永久欠番になったのを喜ばしく思ったファンも多かったことだろう。
 【センター】
シャキール・オニール
1972年3月6日生。216cm・147kg
在籍期間:3シーズン半(2004〜08)
成績:205試合、平均19.6点、9.1リバウンド、2.1アシスト

 ヒートには2004〜08年に在籍したのみで、4シーズン目の途中にはフェニックス・サンズへトレード。最後の2年間は衰えが目立ち、2006−07シーズンにはデビューから14年連続でマークしていた平均20点超えの記録もストップした。ただ、そんなマイナスを差し引いても、シャックがマイアミにもたらした功績が大きかったことは誰も否定できまい。

 加入1年目はシーズンMVPの有力候補に名を連ねるほどの働きをみせ、ウェイドとともにヒートを強豪に押し上げる。2005−06シーズンには自身4度目のファイナル制覇を成し遂げ、移籍時の「俺がこのチームを優勝させてやる」という公約も見事に果たしてみせた。前述通り、この時の優勝はウェイドの大爆発によるところが大きかったのは事実だが、それでもシャックがいなかったら、そもそもファイナルまで辿りつくこと自体が不可能だったはずだ。

文●杉浦大介

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