1946年の創設から74年。その長い歴史の中でNBAは何人ものスーパースターを輩出し、ファンを楽しませてきた。では、各チームの「歴代ベスト5」を選出したら、一体どんな選手が並ぶのか。『THE DIGEST』では、NBAに精通する識者に依頼し、全30チームのベストメンバーを選んでもらった。今回は、優勝経験こそないものの、1990年代と2000年代に2人のMVPを輩出。近年は下位に低迷も、今季再開後のシーディングゲームでは無傷の8連勝を飾り、来季の躍進が期待される「フェニックス・サンズ」編をお届けしよう。

【ポイントガード】
スティーブ・ナッシュ
1974年2月7日生。191cm・88kg
在籍期間:10シーズン(1996〜98、2004〜12)
成績:744試合、平均14.4点、3.1リバウンド、9.4アシスト

 21世紀のNBAを変えた名司令塔。サンズには2度にわたって在籍し、1度目の1997〜98年は控えだったが、ダラス・マーベリックスへ移籍後オールスター選手に成長。2004−05シーズンにFAとなってフェニックスへ戻ると、マイク・ダントーニ・ヘッドコーチが主導する超速攻型バスケットを指揮して旋風を巻き起こし、MVPを受賞した。
  06年には史上4人目となる「50−40−90(フィールドゴール、3ポイント、フリースローの成功率がそれぞれ50%、40%、90%以上)」を達成、PGではマジック・ジョンソンに次いで2人目の2年連続MVPに選ばれた。50−40−90は都合4回成し遂げ、フリースロー成功率も通算90.4%で史上2位という名シューターだが、プレーメーキングの手腕はもっと凄かった。チームメイトの動きを完璧に掌握して的確なパスを繰り出し、サンズ復帰後の7年で5度のアシスト王に輝いた。通算1万335アシストはジョン・ストックトン、ジェイソン・キッドに次いで3位となっている。
 【シューティングガード】
ケビン・ジョンソン
1966年3月4日生。185cm・81kg
在籍期間:12シーズン(1988〜99、2000)
成績:683試合、平均18.7点、3.4リバウンド、9.5アシスト

 KJの愛称で親しまれたジョンソンの本職はPG。88−89シーズンの平均12.2アシストは、ナッシュを上回ってチーム史上1位とプレーメーカーとして優秀だった。それでいて平均20点以上の年が5度あったスコアラーでもあり、ナッシュとのダブルPGでも違和感はないだろう。スポーツライターのビル・シモンズは「ハンドチェックのない2000年代なら平均30点、15アシストも可能だった」とまで言っている。

 NBA入りしたのはクリーブランド・キャバリアーズでも、1年目の途中から引退するまではサンズ一筋。身長185㎝ながら抜群の跳躍力で強烈なダンクを決め、中でも94年のプレーオフでアキーム・オラジュワン相手に叩き込んだ一撃は語り草となっている。引退後は政界に転じ、故郷サクラメントの市長を務めた。純粋なSGではウォルター・デイビス(オールスター出場6回)や現役のデビン・ブッカーも、ベスト5に入ってもおかしくない好選手だ。
 【スモールフォワード】
ショーン・マリオン
1978年5月7日生。201cm・100kg
在籍期間:9シーズン(1999〜2008)
成績:660試合、平均18.4点、10.0リバウンド、2.0アシスト

 まさしくオールラウンドプレーヤーの名にふさわしい選手で、サンズの絶頂期ではナッシュ、スタッダマイアーに次ぐ第三の男でありながら、独特の存在感を漂わせていた。奇妙なフォームから繰り出すシュートをはじめ、リバウンドやパスなどあらゆる面で貢献度が高く、球団の通算記録ではほとんどの部門で上位に顔を出している。

 必要に応じてPGからセンターまでこなし、チームメイトのスコット・ウィリアムズ曰く「彼とのマッチアップはディフェンダーにとって悪夢」。身体能力の高さは特筆もので、ディフェンシブ・リバウンドを奪い速攻の起点になったかと思えば、いつの間にかチームメイトを追い抜きフィニッシャーとなったりもした。時折見せる、重力に逆らうような動きから“マトリックス”のニックネームでも知られた。ディフェンスでは長い腕を生かして04年と07年はリーグ最多スティール、03年からは4年連続150スティール&100ブロックという史上初の記録も達成している。
 【パワーフォワード】
チャールズ・バークレー
1963年2月20日生。198cm・114kg
在籍期間:4シーズン(1992〜96)
成績:280試合、平均23.4点、11.5リバウンド、4.4アシスト

 バークレーがフェニックスでプレーしたのは1992〜96年の4年間だけでも、チームのベスト5から外すなどとは考えられない。フィラデルフィア・セブンティシクサーズのスーパースターだったが、球団首脳との確執から92年にサンズへトレードされると、その直後に出場したバルセロナ五輪ではドリームチームの一員として大暴れ。移籍1年目も平均25.6点、12.2リバウンドと期待通りに働き、球団史上最多の62勝へ押し上げた点も評価されてMVPに輝いた。
 
 同年はファイナルでシカゴ・ブルズに敗れ、一度も優勝できずにキャリアを終えたが、サンズ時代のプレーオフでは通算48試合で平均26.5点、13.4リバウンド、4.1アシストと、個人としては素晴らしい数字を残している。直情径行タイプで、歯に衣着せぬ発言や行動で論争を巻き起こしたのも魅力のひとつ。自分自身で「俺は良い人間なんだ」と言っていた通り、身勝手な振る舞いでチームの足を引っ張るようなことは、悪童のイメージほどには多くなかった。
 【センター】
アマレ・スタッダマイアー
1982年11月16日生。208cm・111kg
在籍期間:8シーズン(2002〜10)
成績:516試合、平均21.4点、8.9リバウンド、1.3アシスト

 高校から直接NBA入りし、初年度から平均13.5点、8.8リバウンドをあげて高卒選手初の新人王を受賞。並外れた身体能力が生み出す爆発的なプレーで、ショーン・ケンプの再来と謳われた。2年目には早くもアメリカ代表に選ばれ、続く05年はナッシュとのコンビプレーで平均26.0点。プレーオフでも30点近くを稼ぎ出すなど順風満帆だった。

 05−06シーズンはヒザを負傷し3試合しか出られなかったが、見事に復活。ニューヨーク・ニックスへ移籍した11年まで毎年球宴に出場、うち3度はファン投票で選出されるなど人気も高かった。ただし身長208㎝は当時のセンターとしては小さく、どちらかと言えばPFでの起用が多かったため、リバウンドも年間2桁には一度も達しなかった。サンズ退団後は急速に輝きを失い、30代を迎えたあたりから故障がちになったところもケンプに似ている。16年を最後にNBAから姿を消したが、今年はイスラエルのリーグでファイナルMVPに選ばれるなど、まだまだ元気なようだ。

文●出野哲也

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