キャリアで3度の優勝を経験したキャセールは、「ヒューストンのプロスポーツで最初の優勝だったから」との理由で、初タイトルが最も感慨深いと振り返っている。

■彼は火星から来たのか――強烈な風貌でも注目を集める

 続く94−95シーズンも、前年同様にプレーオフで輝きを放つ。2年連続でサンズと対戦したカンファレンス準決勝では平均14.6点、サンアントニオ・スパーズとのカンファレンス決勝でも、第5戦で30点に加え12本のアシストを繰り出した。

 オーランド・マジックと対戦したファイナル第1戦は、スミスが大活躍したため出番は少なかったが、第2戦の試合前には「今日は俺の番だから休んでおいてくれ」とスミスに宣言。第2クォーターだけで16点、計31得点を叩き出し、敵地での連勝を決めた。ロケッツはホームでの第3、4戦にも勝ち、マジックに4タテを食らわせた。MVPに選ばれたオラジュワンをはじめ、クライド・ドレクスラーやロバート・オリーの活躍に霞んでしまったとはいえ、6thマンのキャセールの存在もチームにとっては欠かせないものだった。
  キャセールは、そのキャラクターの濃さでも大いに注目を浴びる。何より見た目が強烈で、ツルツルに剃り上げた頭と細長い目は地球外生命体を連想させ、「彼の出身地はボルティモアではなく火星じゃないのか?」とからかわれた。「NBAイチのブサイク」とまで言われ、あるウェブサイトが実施した「ブサイクなスポーツ選手100人」という企画では、堂々の(?)2位にランクイン。日本の某お笑い芸人にそっくりとだとも言われている。

 また、際限のない話し好きでもあり、時と場所を選ばず独特の甲高い声で喋り続けた。移動中はキャセールのマシンガントークから逃れるため、チームメイトたちは眠くもないのに目を閉じ、ヘッドフォンをつけて流れてもいない音楽に耳を傾けるふりをしたほどだ。

 それは他球団の選手であってもお構いなしだった。当時スパーズに在籍していたエイブリー・ジョンソンは「ファイナルのロケッツ戦を客席で観ていた時、あいつは俺を見つけた瞬間に言ったんだ――『よお、AJ、元気か?』――まさかファイナルのプレー中に、観客に話しかけるヤツがいるとは思わなかったよ」。
  話し相手がいないときでさえ、彼の口は閉じることがなかった。母親のドナは述懐する。

「子どもの頃からそうだったのよ。1人でボールを突きながら何事か叫んでいるのを見たときは、ちょっとおかしいんじゃないかしらと思ったけど(笑)」

 当時のNBAにはレジー・ミラーやゲイリー・ペイトンのように、トラッシュトークを戦略に用いていた選手が数多くいた。ただキャセールの場合は、単に口が動き始めたら止まらないだけだったのだ。

 96年8月、チャールズ・バークレーとの交換要員の1人として、キャセールはサンズへ移る。その後ダラス・マーベリックスを経て移籍したニュージャージー(現ブルックリン)・ネッツで、初めて先発に定着。97−98シーズンは平均19.6点、8.0アシストの好成績でプレーオフ出場の原動力となった。しかし、翌年は右足首の負傷で長期欠場。ジョン・カリパリHCとの関係も徐々に悪化し、3月にミルウォーキー・バックスへトレードされた。
 ■“スーパー”ではなかったが、在籍チームは軒並み成績を向上

 ミルウォーキーでプレーした約4年間で、キャセールのキャリアはピークを迎える。99−00シーズンにはペイトンにわずか3本差のリーグ2位となる729アシストを記録し、チームを2年連続のプレーオフへ導く。レイ・アレン、グレン・ロビンソンという2人の優秀なシューターにボールを回しつつ、自らも機を見つけては着実に得点を重ねた。2000−01シーズンにはカンファレンス決勝に進出するなどチームも飛躍を遂げ、リーグトップクラスのPGという評価を揺るぎないものとした。

 03−04シーズンにはミネソタ・ティンバーウルブズへ移籍し、ここでもケビン・ガーネット、ラトレル・スプリーウェルらを自在に操り、7年連続でプレーオフ1回戦敗退と停滞していたチームを、初のカンファレンス決勝へ導く。この年は平均19.8点、FG成功率48.8%、3ポイント成功率39.8%とキャリアベストを更新。34歳にして初めてオールスターに出場し、オールNBA2ndチームにも選出された。
  その後、05年からの2年半をロサンゼルス・クリッパーズで過ごし、08年2月にウェーバーを経てセルティックスへ移籍。ここでアレン、ガーネットと再びチームメイトとなり、ラジョン・ロンドのバックアップを着実にこなして3度目の優勝を味わった。

「権威と歴史のあるセルティックスだからな。ここでの優勝は特別だ」

 13年ぶりの栄冠を手にして、いつにも増してその口は滑らかだった。翌08−09シーズンもセルティックスに在籍していたが、1試合もプレーすることなく09年2月にサクラメント・キングスにトレード。直後に解雇されると潔く現役を退き、指導者の道へ進んだ。現在はクリッパーズで、セルティックス時代のHCだったドック・リバースのアシスタントコーチを務めている。
  キャセールはスーパースターと呼べるほどの選手ではなかったかもしれない。だが、彼がプレーしてきたチームは必ずと言っていいほど成績が向上した。ロケッツ、ネッツ、バックス、ウルブズ、クリッパーズでのフルシーズン1年目の成績は、平均で10.2勝も増えたのだ。そして多くの場合、彼が去ったあと各チームの成績は下降した。3つのチャンピオンリングが、幸運だけで得られたものではないことは、言うまでもない。

文●出野哲也

※『ダンクシュート』2013年4月号掲載原稿に加筆・修正。

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