9月3日、ブルックリン・ネッツの新ヘッドコーチ(HC)に就任することが発表されたスティーブ・ナッシュ。現役時代は18年間のキャリアで2度のシーズンMVPに輝いたほか、8度のオールスター選出(出場は7回)、7度のオールNBAチーム入り、そして5度のアシスト王を獲得している、間違いなくリーグ史上屈指の名司令塔だ。

 キャリアスタッツは平均31.3分の出場で14.3点、3.0リバウンド、8.5アシストをマークし、通算でも歴代3位の1万335アシストを記録。さらにフィールドゴール成功率49.0%、3ポイント成功率42.8%、フリースロー成功率90.4%と、シュート全般で高精度を誇る名シューターでもあった。

 フェニックス・サンズ、ダラス・マーベリックス所属時は、リーグトップクラスのオフェンシブチームを司令塔として牽引。これまでHC経験はないものの、ポイントガード(PG)という役割を超越し、リーダーとしてコート内外でチームをまとめ上げてきた実績がある。
 「我々はスティーブのことをリーダー、コミュニケーター、そしてこのチームの選手たちからリスペクトを集めるメンター(助言者)になると考えている。史上最も偉大なオンコートリーダーの1人であり、バスケットボールに対する鋭い洞察力と無視無欲のアプローチで、チームの成功を最優先させてきたプレーヤーだと私は見ている。彼のゲームに対する生来の素質、コミュニケートできる能力、選手たちを共通のゴールへと団結させる力が、このチームをリーグで最も高いレベルで競い合わせる心構えとなるだろう」

 この数週間、ナッシュと契約すべくアグレッシブに行動したネッツのショーン・マークスGM(ゼネラルマネージャー)は、リリースのなかでそう話しており、新たな指揮官に大きな期待を寄せている。

 これに対して、ナッシュも「ネッツというトップクラスの組織で、このような機会を与えてもらえてとても光栄だ。ショーン、そしてジョー(オーナーのジョー・ツァイ)とその奥さんに感謝している。コーチングは、私が追い求めていたことでもあった。ブルックリンに在籍する素晴らしい選手、スタッフたちとともに仕事ができて恐縮だし、凄く興奮しているよ」と意気込みは十分だ。
  とはいえ、“名選手、名監督にあらず”という言葉があるように、現役時代にスーパースターだったからといって、指揮官として必ずしも成功が約束されているわけではない。

 これまでシーズンMVPを獲得した選手で、NBAチームのHCを務めたのは8人。そのうち成功したと言えるのはラリー・バード(元ボストン・セルティックス)くらいだろう。バードはインディアナ・ペイサーズで3シーズン指揮官を務め、レギュラーシーズン通算147勝67敗(勝率68.7%)、プレーオフでも32勝20敗(勝率61.5%)という実績を残してきた。

 だがアービン“マジック”ジョンソン(元ロサンゼルス・レイカーズ)は5勝11敗(勝率45.5%)、デイブ・コーウェンス(元セルティックスほか)も161勝191敗(勝率45.7%)といったように、勝率5割を下回っているケースが多いのが現状だ。
  その一方で、ここ20年ほどで現役時代にPGを務めた選手が、ナッシュと同様にアシスタントコーチ(AC)の経験もないままHCに就任した例はいくつもあった。

 アイザイア・トーマス(元デトロイト・ピストンズ)が2000年にペイサーズ、ジェイソン・キッド(元ダラス・マーベリックスほか/現レイカーズAC)は2013年にネッツ、デレック・フィッシャー(元レイカーズほか)も2014年にニューヨーク・ニックスのHCに抜擢。現在ロサンゼルス・クリッパーズで指揮を執るドック・リバースも、1999年にAC経験なしにオーランド・マジックのHCとなり、ゴールデンステイト・ウォリアーズに至っては2011〜14年にチームを率いたマーク・ジャクソン(元ペイサーズほか)、そして現指揮官のスティーブ・カー(元シカゴ・ブルズほか)と、2人連続でAC経験なしの元PGをHCとして招聘している。

 そのうちリバースはボストン・セルティックス時代の2008年に、カーも在任6シーズンで3度(2015、17、18年)の優勝を経験。また、ナッシュ自身も2015年からウォリアーズにコンサルタント役として在籍しており、フロントの一員として複数回のリーグ制覇を見届けてきただけに、指揮官としての期待は高まるばかりだ。
  ネッツの主力を務めるスペンサー・ディンウィディーは「スティーブ・ナッシュと契約したなんて最高じゃないか。このレベルにおけるコーチングというのは、心理学者になるようなもの。キャリス(ルバート)がこのチームで3番目のスターだろうから、4人のロックスターが集うことになる。きっと面白くなるね」とツイート。ウォリアーズHCのカーも「おめでとう、スティーブ・ナッシュ。ウォリアーズでともにやってきたことに感謝しているよ。君ならブルックリンで成功するだろうね」と元同僚を送り出していた。

 今季はプレーオフ1回戦敗退に終わったネッツだが、来季はケビン・デュラント、カイリー・アービングという2大スーパースターがケガを完治させて戻ってくる予定。第二幕を欠場したディンウィディー、トーリアン・プリンス、ディアンドレ・ジョーダンも戦列復帰するだけに、大幅な戦力アップは確実だろう。
  昨季までウォリアーズに在籍していたデュラントは以前「彼は俺が本当にリスペクトしている存在で、どんなことでも話せる人。彼のバスケットボールマインドは、俺にとってこれまででたぶんベストだと思うね。多くのことを学んだよ。俺はこれまで、数多くの人からどのようにしてプレーするか教えてもらった。けど、彼はゲームに持ち込むことができるいろいろな要素をいくつも教えてくれるんだ。彼にはすごく感謝している」と話していたことから、ナッシュはネッツに新たな風を吹き込めるはずだ。

 就任初年度、それもHC未経験にもかかわらず、いきなり優勝が期待されるというタフな状況ではある。しかしナッシュならば周囲の雑音に惑わされず、アンセルフィッシュかつユニークなチームを構築できるのではないだろうか。

文●秋山裕之(フリーライター)

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