アレン・アイバーソン(元フィラデルフィア・セブンティシクサーズほか)とコビー・ブライアント(元ロサンゼルス・レイカーズ)は、スター選手を多く輩出した1996年ドラフト組で、長年にわたってしのぎを削ったライバルだった。宿敵にして盟友――。今年1月にヘリコプター墜落事故に巻き込まれて41歳で命を落としたコビーに対し、アイバーソンは“唯一の後悔”を明かした。

 1996年にNBAの世界に飛び込んだアイバーソンとコビーは、“神様”マイケル・ジョーダンからバトンを受け継ぐ次世代のスター候補としてすぐさま注目を集めた。

 デビュー当時21歳だったアイバーソンはルーキーイヤーからエースとして君臨し、ジョーダン相手に鋭いクロスオーバーからジャンパーを決めるなど鮮烈な活躍で新人王を獲得。キャリアで4度の得点王に輝くなど、“ソウルフル”な小兵スコアラーとして名を馳せた。一方のコビーは最初の2シーズンこそ控えだったものの、1998−99シーズンからは不動のレギュラーとなり、シャキール・オニール(シャック)とのコンビで3連覇(2000〜02年)、単独エースとして2連覇(09〜10年)を達成。レイカーズのみならず、NBAを代表するスーパースターとして多くの選手たちに影響を与えた。
  2人はチームUSAでも同時期にプレーすることがなく、唯一同じチームで戦ったのが2008年にニューオリンズで開催されたオールスター(両者は2007年にも選出されていたが、アイバーソンが故障のため欠場)。それも、コビーが指の靱帯を痛めていたため、夢の共演は試合開始からわずか3分間だけだった。

 NBAキャリアを通し、ライバルとしてしのぎを削ったが、アイバーソンは元NBA選手のマット・バーンズとスティーブン・ジャクソンがホストを務めるポッドキャスト番組『ALL THE SMOKE』でコビーとの関係における“唯一の後悔”を口にした。

「彼と個人的に関係があったわけじゃないけど、殺し屋同士がどうやってリスペクトするか知ってるだろ? そういうことさ。俺たちはお互いの存在を知って、背中を押し合った。周りの人間が、彼がどれだけ素晴らしい人間だったか、どれだけクールなヤツだったかを言っているのを聞くと、もっと良い関係を築けていれば良かったと思うよ。コビーのエネルギーが俺も欲しかった。彼は究極の存在だった」
  アイバーソンとコビーの直接対決におけるハイライトのひとつは、2001年のNBAファイナルだ。48得点を叩き出したアイバーソンの活躍でシクサーズがオーバータイムの末に先勝するも、その後はシャック&コビーの強力デュオを止められず4連敗を喫し、アイバーソンはキャリア最大の優勝のチャンスを逃す結果となった。

「もしシャックがそのシリーズ(2001年ファイナル)にいなかったら、俺はチャンピオンリングを持っていると思う。ディケンベ(ムトンボ)が素晴らしい戦いを見せたという連中がいるけど、守っている相手(シャック)が平均30点、15リバウンド以上なんだから何をもってそう言うかは理解しがたい。シャックは当時、全盛期の真っ只中、しかも伸び盛りのコビーまでいるんだからクレイジーだよ」
  アイバーソンは今年8月、『The Players Tribune』でのコビーに宛てたコラムで、「君は俺が見た中で最もタフな男だった。最も冷酷な殺し屋で、最も激しい競争相手でもあった。君が歩んできた道の話を聞いた日のことを覚えている。俺がルーキーイヤーにザ・ガーデン(マディソンスクエア・ガーデン)で35得点をした試合(1996年11月12日)のハイライトを見ていたな。まるでCIAの捜査官のように俺のプレーを研究し始めた。俺たちはそんな関係、2人で偉大な存在へと背中を押し合ってた」と思いを綴っていた。

 今後2人が語り合うことはもう叶わないが、アイバーソンにとってコビーがこれまで通り特別な存在であるのは、今後も決して変わることはないだろう。

構成●ダンクシュート編集部

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