現在ゴールデンステイト・ウォリアーズでヘッドコーチ(HC)を務めるスティーブ・カーは元選手で、現役時代は6チームに在籍し計15年間プレーした。

 シカゴ・ブルズでは2度目の3連覇(96〜98年)のメンバーとなり、サンアントニオ・スパーズで2度の優勝(99、2003年)を経験。191㎝・79㎏の小柄なシューターは、計5度のチャンピオンリングを手にしてユニフォームを脱いだ。

 そんなカーにとって、キャリアにおける“ベストショット”は、ユタ・ジャズと対戦した97年のNBAファイナル第6戦で決めたジャンパーだろう。86−86の同点で迎えた第4クォーター終盤、マイケル・ジョーダンからパスを受けたカーは、鮮やかなミドルレンジジャンパーを放り込んで優勝を決定づけた。

 今年5月28日(日本時間29日、日付は以下同)に『NBC Sports』のインタビューに応じたカーは「私のその後の人生を完全に変えるものだった。マイケル・ジョーダンとプレーしたことで、私のキャリアそのものが変わっていったんだ」と明かし、当時についてこう話していた。

「チャンピオンシップを制したチームでプレーできたこと、プレーオフで自分の名を残すことができたこと、その後テレビ業界に参入し、アナリストを務め、マネジメントやコーチをする機会も手にすることができた。これまでいろんな人たちが私を雇ってくれたのは、マイケル・ジョーダンのすぐそばでプレーしていたから。そう、今の私があるのは彼のお陰なのさ」
  10月15日にYouTubeへ公開された「ALL THE SMOKE」にゲスト出演した際、カーは“ベストショット”を決めた後のキャリアについて「あのショットが新たな契約へと導いたんだ。数年後、私はフリーエージェント(FA)となり、スパーズから5年契約を提示されてね。そこで最も高額な年俸を手にしたことで、サンディエゴに家を買って、家族の世話をすることができるようになったんだ」と語り、こう続けた。

「だからあのショットが多くのことを変えたんだ。あのショットを決めたことで、テレビの仕事も手にすることができた。ブルズでプレーし、あんな貴重な瞬間を経験できたんだからね。あのシーズンもそうだし、シカゴで数年間過ごしたことが、私のキャリアと人生を新たなレベルへと引き上げてくれたんだ」
  カーは正確無比なシュート力を武器に、3ポイント成功率で2度もリーグトップに立ち、レギュラーシーズンにおける通算3ポイント成功率(45.4%)では歴代トップに君臨している。
  だがそれ以上に、ブルズ時代に見せた勝負強いショットの数々、キャリア終盤のスパーズ時代に見せたベテランならではのいぶし銀の活躍が印象的。ジョーダンとともにプレーしたことでキャリアが好転したことは事実だが、カーは与えられたチャンスを確実にモノにしていったことで、現在の地位を手に入れたのである。

 ウォリアーズの指揮官として、すでに3度の優勝経験を誇る知将は、来季以降にどれだけ優勝を重ねることができるのか。名脇役から名将へと歩みを進めるカーのサクセスストーリーは、まだまだ続くに違いない。

文●秋山裕之(フリーライター)