NBAで最後の1970年代生まれ選手だったヴィンス・カーター(1977年生まれ)が昨季限りで引退。さらにドゥエイン・ウェイド(1982年生まれ)やクリス・ボッシュ(1984年生まれ)といったスターも2019年にユニフォームを脱ぎ、1980年代生まれ選手も減少傾向にあるが、職人やロールプレーヤーとして、息の長いキャリアを送っている者もいる。

 ここでは生存競争の厳しいNBAを生き抜く“アラフォープレーヤー”を紹介しよう(※チーム名は略称)。

ジャマール・クロフォード(1980年3月20日生:40歳)
1327試合、平均14.6点、2.2リバウンド、3.4アシスト
 ザイオン・ウィリアムソンやタイラー・ヒロが生まれた2000年のドラフトでNBA入り。卓越したボールハンドリングとスコアリング能力を兼備するコンボガードは、3年目から16年連続で平均2桁得点をマーク。2010、14、16年には最優秀シックスマン賞に輝いた。サンズ在籍時の2019年には39歳にして51得点を奪取。昨季は故障者続出のネッツと契約し、1試合に出場した。

ユドニス・ハズレム(1980年6月7日生:40歳)
858試合、平均7.6点、6.7リバウンド、0.8アシスト
 2003年からヒート一筋でプレーする“Mr. Miami”。ドラフト外入団ながら3年目から先発PFの座を掴み、07年の初優勝に貢献。近年はプレータイムが減少し、今年のファイナルでも出番がなかったが、精神的支柱&若手の見本としてチームを支えている。ウェイドとともにヒートの3度の優勝を経験している唯一の選手だ。
 カイル・コーバー(1981年3月17日生:39歳)
1232試合、平均9.7点、3.0リバウンド、1.7アシスト
 2003年のドラフト2巡目51位と下位指名も、卓越したシュート力を武器にNBAを生き抜いてきたピュアシューター。17年間のキャリアのうち3ポイント成功率でリーグ1位に輝くこと4回、ジャズ時代の10年にはNBA記録の53.6%を残した。バックスに在籍した昨季も58試合で99本、成功率41.8%と39歳になってもそのシュート力は衰え知らずだ。

タイソン・チャンドラー(1982年10月2日生:38歳)
1160試合、平均8.2点、9.0リバウンド、0.8アシスト
 2001年のドラフト2位でクリッパーズに指名され、当日のトレードでブルズへ。最初の数年間は芽が出なかったが、徐々にリバウンダー&守護神としての才能を開花させ、7年目に平均ダブルダブルを達成。11年にはマブズで優勝を経験した。昨季はロケッツに在籍したものの、自己最低の26試合の出場と、出番に恵まれなかった。
 アンドレ・イグダーラ(1984年1月28日生:36歳)
1129試合、平均12.0点、5.1リバウンド、4.3アシスト
 2004年にシクサーズに入団し、2年間はアレン・アイバーソンのサポート役を務めたが、3年目の途中からエースに就任。08年にはキャリアハイの平均19.9点をマークし、12年には初めてオールスターに出場した。14年のウォリアーズ移籍後はロールプレーヤーに転身。15年のファイナルではレブロン・ジェームズ相手に好守備を見せ、MVPを手に輝くと、17、18年にも優勝。今年はヒートの一員として6年連続でファイナルに出場した。

JJ・レディック(1984年6月24日生:36歳)
896試合、平均13.1点、2.1リバウンド、2.0アシスト
 2006年にマジックに入団。シュートに絶対の自信を持ち、3ポイント成功率が38%を下回ったシーズンは14年間で2回のみ。シクサーズ時代の19年には平均18.1点と34歳にして自己ベストを更新。ペリカンズでプレーした昨季は平均15.3点、3ポイント成功率45.3%、フリースロー成功率89.2%を記録した。30代中盤を迎えても衰えは見られず、本人は「39歳までプレーするつもり」だという。
 PJ・タッカー(1985年5月5日生:35歳)
654試合、平均7.3点、5.8リバウンド、1.4アシスト
 2006年にラプターズでデビューするが、目立った成績は残せずにシーズン途中で解雇。翌年から5年間はヨーロッパで武者修行を積んだ。12年にサンズと契約すると、守備力を買われてローテ―ション入り。17年のロケッツ加入後は3ポイントに磨きをかけて先発に定着し、昨季は身長196㎝ながらセンターを務めた。ビッグマンにマッチアップできるディフェンス力と正確な長距離砲は、現在のロケッツに不可欠な武器となっている。

構成●ダンクシュート編集部

【PHOTO】ジョーダン最後のオールスター、田臥勇太デビュー、コビー81得点……1999-2019 NBA名場面集