2019−20シーズン。NBAは新型コロナウイルスの影響で前代未聞のレギュラーシーズン中断となり、7月末からフロリダ州オーランドにあるウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート内に作り上げた“バブル”と称される特殊な環境でシーズンを再開。10月のファイナルでは、ロサンゼルス・レイカーズがボストン・セルティックスと並びNBA史上最多タイとなる17度目の優勝を飾った。

 王座に返り咲いたレブロン・ジェームズは自身4度目、そして史上初となる異なる3チームでファイナルMVPに輝いたほか、ある通算記録でも歴代1位に躍り出た。マイアミ・ヒートとのファイナル第6戦に出場し、プレーオフ通算出場試合数で歴代最多となる260に到達。これまで最多記録を保持していたデレック・フィッシャー(元レイカーズほか/259)を抜き去ったのである。

 レブロンの偉業もさることながら、これまで1位の座に立っていたのが、現役時代には決してスター選手ではなかったフィッシャーというのも興味深い話だ。ここからは、栄光に満ちた彼のキャリアについて振り返っていきたい。
  1996年のドラフト1巡目24位でレイカーズから指名された185cmの小兵は、ルーキーシーズンから80試合に出場し、NBAキャリアをスタートさせた。ドラフト同期のコビー・ブライアントのようなスター性こそなかったものの、攻守ともに堅実な働きで出場機会を確保し、先発と控えを行き来しながらレイカーズの主力へと成長。シャキール・オニールとコビーというリーグで5本の指に入るスーパースターを2人も擁し、フィル・ジャクソンHC(ヘッドコーチ)の下で2000年から02年にかけて3連覇を成し遂げた際も、貴重な働きを見せて王者の一員となった。

 特に印象的なのは00−01シーズン。右足の疲労骨折のため、開幕から長期欠場を余儀なくされたが、3月13日(日本時間14日、日付は以下同)のセルティックス戦で復帰すると、26得点、5リバウンド、8アシスト、6スティールの大活躍で勝利に貢献。

 レイカーズはフィッシャーが出場した20試合で15勝5敗と調子を上げ、8連勝でレギュラーシーズンを終えると、プレーオフに入っても1回戦(対ポートランド・トレイルブレイザーズ)、ウエスタン・カンファレンス・セミファイナル(対サクラメント・キングス)、カンファレンス・ファイナル(対サンアントニオ・スパーズ)を無傷で勝ち上がり、圧巻の19連勝でファイナルまで駒を進めた。
  アレン・アイバーソン率いるフィラデルフィア・セブンティシクサーズとのファイナル初戦で延長の末に惜敗したものの、翌第2戦から4連勝で2連覇を達成。シーズン最後の24試合で23勝をマークし、プレーオフを当時史上最高となる15勝1敗(勝率93.8%)で駆け抜けた。

 キャリア18年のうち、フィッシャーは約13シーズンをレイカーズでプレー。コビーの相棒として、クラッチシューターとして、そしてマジック・ジョンソンも絶賛した抜群のリーダーシップを発揮して、5度の優勝を勝ち取っている。

 身体能力こそ高くなかったものの、強靭なメンタルを持ち、鍛え上げられた肉体を武器にコートへ立ち続けた。アウォードやスタッツリーダーとは無縁だったが、計9シーズンで82試合にフル出場を果たしたことは彼の努力の賜物と言っていいだろう。

 11月11日に『HoopsHype』へ掲載されたインタビューの中で、フィッシャーは“レイカーズ愛”を語っている。

「私はずっと、レイカーズこそがベストなフランチャイズだと信じている。子どもの頃からレイカーズファンだったし、マジックや“ビッグゲーム”ジェームジ・ウォージー、バイロン・スコット、AC・グリーン、マイケル・クーパーたちを見てきた。まさか20年後に自分がそういう選手たちの仲間入りをするなんて想像もしていなかった。だからこそ、私はレイカーズがバスケットボールにおいてだけでなく、全てのスポーツにおいて、最も偉大なフランチャイズのひとつだと思っている。17回の優勝はものすごい業績だし、その数はもっと増えていくだろう。私はいつだってレイカーズがバスケットボール界でベストだと思ってきたし、それはこれからも変わらない」
  フィッシャーはプレーオフで数々のビッグショットを沈めてきた。01年のファイナル第5戦では6本の長距離砲をねじ込み、04年のカンファレンス準決勝第5戦ではスパーズ相手に残り0.4秒から起死回生のターンアラウンドジャンパーをヒット。10年のファイナル第3戦では試合終盤にセルティックスの3選手に囲まれながら決勝弾となるレイアップを決め、5度目の優勝につなげた。

 だが本人は、NBAキャリアで最もお気に入りの瞬間について聞かれると、「素晴らしい質問だ」と切り出し、こう続けた。

「王座を獲得する手助けができたことは、最高の瞬間のひとつだ。でもそれらの出来事はドラフトされた夜がなければありえなかったことだよね? だから私は1996年にドラフトされた夜を選ぶよ。全ては96年6月のドラフトから始まったんだ」

 現在は女子バスケの最高峰WNBAのロサンゼルス・スパークスで指揮官を務めるフィッシャー。憧れのレイカーズからドラフト指名され、5度の頂点に輝いたいぶし銀の名脇役は、自身6度目の優勝をコーチとして目指している。

文●秋山裕之(フリーライター)

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