1月10日から、ドバイで全豪オープン予選が行なわれると聞いた時、日比万葉は「本当にそんなことがあり得るの!?」と思わず声を上げた。

 本戦開幕が1月18日から2月8日に遅れたとはいえ、予選はその前週に、同じ会場で行なわれると聞いていた。また、オーストラリア入国後は2週間隔離になるため、「1月15日までに現地入りするように」との通達も受けていたのだ。

「2週間は隔離とはいえ、選手たちとたっぷり練習できるのだから、良い準備をして予選に入れる」

 そんな青写真を描いた日比だが、突如として日程は3週間早まり、しかも開催地まで異なるという。カリフォルニアに暮らす日比にとって、ドバイは地球の裏側。準備不足なうえに、現地入りした後の時差も気掛かりではあるが、決まったものはどうしようもない。年明け早々には渡航すべく、慌てて種々の手続きに取り掛かった。クリスマスの迫った、年の瀬の日のことである。
  日比と同じくカリフォルニアに住む柴原瑛菜は、全豪前にダブルスパートナーの青山修子と練習すべく、11月中旬に日本に入っていた。ところが大会開幕は後ろ倒しになり、その情報と前後して、中東のアブダビで1月上旬にWTAツアーが行なわれることが発表される。「全豪前に試合勘を取り戻すために、1つでも多く試合をしたい」と思った柴原たちは、アブダビ経由でメルボルン入りという行路を取ることにした。

 そのアブダビ大会では見事優勝をつかみ取るが、そのぶん、スケジュールは慌ただしさを極める。メルボルン行きのチャーター便は、1月14日0時40分にアブダビを発つが、決勝戦が終わったのは13日の夕方。そこから急いで荷物をまとめ、現地時間の14日夜にメルボルンに到着した。

 その後はPCR検査を受け、ホテルでの隔離に突入。練習の開始は17日予定だったが、検査結果が送られてこなかったため、その日は部屋から出られずじまい。陰性結果を受け取り、ホテルから道を挟んだアルバート・リザーブテニスセンターで練習ができるようになったのは、翌18日のことである。

 柴原たちが練習を開始した18日、日比野菜緒はホテルの部屋で準備を整え、練習会場へのエスコートが扉をノックするのを待っていた。だが予定の時間が過ぎても、誰も扉を叩く気配がない。

 結局この日、全豪オープン会場であるメルボルンパークで予定されていた練習は、全てキャンセルとなった。理由は、練習スケジュールを管理するコンピューターの、システムダウン。2日連続のキャンセルを経て、日比野がようやく太陽の光を浴び練習コートに立ったのは、入国から5日後の20日だった。
  テニス・オーストラリアが手配したチャーター便に乗り、選手や関係者たちは複数の都市から、いずれも1月15日前後にメルボルンに集結した。入国後は、オーストラリア政府が定める2週間の隔離に入るが、選手たちは特例的に、練習のため1日5時間の外出が許されることになっていた。

 とはいえ、外出スケジュールも厳格だ。選手が練習会場に連れていけるスタッフは、1人のみ。練習パートナーも事前に決めなくてはならず、その選手とは基本的に、2週間を通して行動を共にすることとなる。

 また、練習スケジュールは全選手分を大会側がアレンジするため、当事者たちが予定を知るのは前日の夕方。練習開始時間は早ければ朝7時、遅い場合は夕方からとなる。さらには、外出可能な5時間には移動の時間も含まれ、その内訳も定められている。ホテルから会場までの移動時間が、往路復路それぞれ15分。コート練習は2時間、ジムでのトレーニングが1時間半で、食事が1時間だ。
  会場に連れていけるスタッフが1人のため、選手によってはアスレティックトレーナーとルームをシェアし、部屋でマッサージや治療を受けている。土居美咲も、そのような対処をした1人。厳密にはルームシェアではなく、トレーナーが泊まる隣の部屋とは扉でつながっており、その2部屋間は行き来が許されるという。もっとも土居の場合は、ロサンゼルスから現地入りしたコーチのクリス・ザハルカが、搭乗していたチャーター便でコロナ陽性者が出たため、完全隔離で部屋から出られなくなってしまったのだが……。

 厳格な防疫体制に加え、相次ぐ陽性者の発覚により2週間の完全隔離を強いられた選手が72人に至った今、選手からは不公平感を訴えたり、練習不足によるケガを懸念する声が上がっている。ただメルボルンは、昨年6月から徹底したロックダウンを実施し、ついには“市内感染者ゼロ”を実現した町である。その間に市民が払った犠牲を知るにつれ、選手間では大会開催そのものを感謝し、現状を受け入れようとする機運が広がっている。

 日比野が初めて練習会場を訪れた時、何よりうれしく感じたのは、スタッフたちがマスク越しにもわかる笑顔で自分たちを迎え入れ、可能な限り快適に過ごせるよう努めてくれたことだという。

「ハッピースラム」とは、大会スタッフや観客、さらにはメルボルンの街全体から立ち上る幸福な空気感から、全豪オープンが得た愛称だ。厳しい状況下ながら、その愛称にふさわしい大会になることを、全ての関係者たちが願っている。

取材・文●内田暁

【PHOTO】昨年の全豪オープンでの日本人選手たちのプレー集