コロナ禍でNPBの春季キャンプが無事にスタートした一方、MLBは2月中旬から予定されるスプリングトレーニングに向けて状況が刻々と変化している。

 まずは機構側が3月下旬への後ろ倒しを提案したが、選手会が反対の姿勢を示したことで4月1日の開幕へ準備が進められることになった。ただし、キャンプ地のアリゾナでは感染者の拡大が止まらず、予定どおりに進むかはわからない。

 同じコロナ禍でも世界各地で状況は異なり、その影響は日米球界に広く及ぶ。とりわけMLBの移籍市場に影を落とすなか、興味深いのが日本人の“大物”投手たちの動きだった。

 田中将大は7年間プレーしたヤンキースをFAとなって楽天に復帰した一方、ポスティングシステムでメジャー移籍を目指した菅野智之は条件面で合意せず、巨人に残留。順調に行けば海外FA権を取得する2021年オフ、「夢」であるMLBへの道を改めて模索するとした。

 さらに、数年前からポスティングの行使を求める千賀滉大は1月30日にソフトバンクの後藤芳光球団社長兼オーナー代行と面会し、「いい話はできた」と語った。海外FA権の取得は早くて2022年シーズンと見込まれるなか、今オフにMLBへ挑戦する道を開こうとしている。
  日本のトップ選手が次々とMLBを目指すようになったのは2000年代から続く傾向だが、2010年代に入ってスタジアムビジネスを軌道に乗せたNPB球団は資金力を伸ばし、選手に提示できる契約条件がメジャーに引けを取らないほどになってきた。田中は推定9億円、菅野は同8億円、千賀は同4億円という年俸だ。なかでも田中はMLB球団から「大きなオファー」があったと明かしており、「市場価値を考えると、楽天の年俸は12億円をくだらないのでは?」と話した球界関係者もいる。

 MLBの移籍市場停滞、NPB球団の経営力向上が同時に起きるなか、日本の一流選手は条件的にも日米を天秤にかけられるようになった。対して課題として残るのが、移籍制度の“歪み”だ。

 楽天と2年契約を結んだ田中は、今季終了後にオプトアウト(契約破棄条項)を行使すれば「自由契約」となり、MLB球団とも契約可能になる。ただし登録日数的には、仮に今季をフルに満たしても「海外FA権」に必要な9シーズンに達しない。

 田中の功績を含めて楽天は上記の契約を結んだのだろうが、「外国人選手」のような扱いにするのは保留制度を考えると不公平と言える。個人的には、日本独特の決まりで田中を縛り付けることには反対だが、ルールには整合性が不可欠だ。時代が変わりゆくなか、FA制度の見直しが必要ではないだろうか。
  同制度がNPBに誕生したのは1993年。野茂英雄がドジャースに移籍する2年前で、この権利を行使して有力選手が次々と海を渡る事態はほぼ想定されていなかった。

 当時の経営状況は、パ・リーグ全球団が赤字、セ・リーグは1試合1億円という巨人戦の放映権頼みで、スタジアムビジネスが軌道に乗った現在とは大きく異なる。

 そうした経済的な事情もあり、FA権は選手に“使いにくい制度”として設計され、取得年数は9年(逆指名で入団した選手は10年。のちに国内FA権は短縮)、そして「宣言」という“踏み絵”のような仕組みも設けられた。当時、選手会には顧問弁護士がおらず、極端に球団有利な条件を呑まされ、現在まで大きな改善なく来ている。

 MLBで先に誕生した「Free Agent」を直訳すれば、「自由契約」となる。対してNPBは、「FA」と「自由契約」に異なる意味づけをした。前者は所属球団に長らく貢献した功労者への“権利”で、後者は契約更新を見送られた選手の“状態”だ。自由契約選手のほとんどが「戦力外」と見なされ、たとえトライアウトで実力を示しても「あいつは1度クビになった選手だから」と獲得を見送られたケースも少なくないと聞く。
  田中が今季終了後にオプトアウトを行使した場合、MLB的には「FA」だが、NPBでは「FA」ではなく「自由契約」になる。なんだかわかりにくいが、外国人選手はすべてこうした扱いだ。

 今後、田中のように20代中盤で海を渡り、30代前半でNPBに戻ってプレーし、再びMLBに行くというキャリア設計は増えるかもしれない。日本のファンにとっても、メジャー帰りの“大物”を全盛期のうちに見られるのは望ましい。こうした事例を増やすには、移籍制度を改善する必要がある。

 そう考える理由として、ポスティングシステムが機能不全を起こしていることも挙げられる。顕著なのが、今オフに不成立となった菅野のケースだ。

 そもそもポスティングは選手に与えられた権利ではなく、NPB球団がMLBに主力を“タダ”で獲られないためにつくられたという経緯がある。野茂が1994年オフに“任意引退選手”となって近鉄からドジャースへ、1997年にはFA権未取得の伊良部秀輝がロッテからヤンキースへ、パドレスとの“三角トレード”で移籍した。これらを受けて1998年に「日米間選手契約に関する協定」が結ばれ、ポスティングが導入された。主導権は球団にあり、選手は“お願い”する立場だ。
  導入から20年以上が経ち、ポスティングのルールも変更されるなか、本来の趣旨と異なる形で使われる場合も出てきた。賛否両論を呼んだ菅野のケースはまさにそう言える。

「判断するのは僕であって、僕の人生なので」

 菅野はそう反論したが、もしFA権を行使した上で同様の選択をしたなら、他者に異論を挟む余地はない。ただし今回はポスティングをお願いしている立場で、制度の趣旨に反しているように感じられる。

 さらに危惧されるのが、後輩たちへの影響だ。巨人は長らくポスティングを認めてこなかったが、昨オフに山口俊(現ブルージェイズ)、今オフは菅野を入札にかけた。ただし、山口はDeNAからFA宣言した際に獲得、菅野は日本ハムのドラフト指名を拒否して1年浪人後に入団したという経緯があり、両者のポスティングはあくまで“特例”かもしれない。

 巨人が菅野をポスティングにかけたことでMLBとの獲得競争になり、今季年俸は通常の査定にプラスアルファが加えられたことも考えられる。現状、ポスティングはあくまで球団の権利であり、日米を“天秤”にかけるようなケースが続けば、入札にかけることを拒否する球団も出るかもしれない。

 もっとも、心理的には菅野の決断は理解でき、ポスティングという制度自体に問題がある。選手の意思が反映されにくい点だ。
  そこで改善案として、例えば登録日数が5年に達したら選手はポスティングにかけられる権利を取得できるようにする。ソフトバンクは同制度の行使を認めていないが、ドラフトで入団先を選べない選手たちにとって、球団ごとに状況が異なるという“不公平”を解消できる。

 あるいはポスティングの撤廃、そしてFA権の取得期間短縮だ。ソフトバンクの三笠武彦GMは2018年末、西日本スポーツの記事「ソフトB千賀がポスティングでの米移籍にこだわる理由と、球団が容認しない理由」でこう話している。

「12球団のいろんな方針がある中で『海外に早く挑戦させるべきだ』と野球界としてコンセンサスが取れるなら、選手会と話し合って、海外FA権の(取得に必要な)期間を短くするとかいうような議論があってしかるべきだし、そうなればなったで球団の経営を圧迫する要因にもなる」

 コロナ前の発言だが、「世界一」を掲げるソフトバンク首脳は議論の余地を認めている。追随する楽天や巨人、他球団はどう考えているだろうか。

 今オフ、田中、菅野、千賀という日本を代表する3投手の動向を見ていると、20年以上前に設計された移籍制度は「時代遅れ」にしか映らなかった。

文●中島大輔

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