海外渡航の選手には全て、入国後の2週間隔離が求められる上に、72人もの選手が、部屋から一歩も出られぬ“ハードロックダウン”となった今年の全豪オープンテニス。

 女子の方では特に、ハードロックダウン下にあったアンジェリーク・ケルバー、マリア・サッカリ、ビクトリア・アザレンカら実力者たちが初戦敗退を喫したため、その影響の大きさが取りざたされた。

 ハードロックダウンではなかった選手たちにしてみても、1日5時間の外出が許されたと言えど、行けるのは練習会場のみ。その間の練習パートナーも固定されているという、日頃の大会とは全く異なる環境下にいた。

 2週間、同じ選手と練習し続けるという状況が、選手の心技体に及ぼした影響も決して小さくないようだ。杉田祐一は、やや不運だったケースだろう。

 昨年末から、より良いテニス環境を求めてセルビアに移住した杉田は、年明けにトルコのツアー大会に出場し、そこからメルボルン入りする予定でいた。だが出国直前の1月2日に、新型コロナの陽性が判明。メルボルン入りするには、1月中旬にはドバイ発のチャーター便に乗らなくてはならないため、まさにギリギリのタイミングだった。
  不幸中の幸いにも、1月10日に陰性結果が出たため、オーストラリアには無事入国。だがそれまでの1週間以上は、全く練習ができず終い。そしてメルボルン入り後の2週間の練習相手は、ラスロ・ジェレ。この2年間で2度ツアー優勝した、同門の実力者だ。

 病み上がりの杉田にしてみれば、徐々に身体を慣らしていきたいところである。だが、万全の準備でメルボルン入りしているジェレのことを思えば、そうも言っていられない。相手のペースでいきなり激しく練習し、一時は「体調もテニスの感覚も狂い始めてしまった」という。今大会、初戦で試合中に脇腹を痛め棄権せざるを得なかった背景には、このような事情もあっただろう。

 土居美咲のケースは、また少々複雑だ。利き腕の手首を痛めていた土居は、日本で全くボールが打てない時間が続くなかで、オーストラリア出発の日が近づいてくる。

「こんな状態のままでは、選手とは練習できない。相手に迷惑をかけてしまう」
そう感じていた土居は、練習相手は設けず、コーチのクリス・ザハルカと調整する予定でいた。
  ところが、ザハルカコーチも乗るロサンゼルス発のチャーター便から陽性者が出たため、コーチは“ハードロックダウン”に。練習相手がいない危機を迎えるなか、ザハルカは同じチャーター便に乗っていたジャン・シューアイのコーチと話し合い、土居とジャンが一緒に練習することが決まった。ジャンも腕をケガしていたため、「お互いにちょうどいいね、ゆっくり調整していこう」ということでの合意だったという。

 土居にとってやや誤算だったのは、本来なら2週目から4人での合同練習になるはずが、ハードロックダウンの選手が出た都合で、2週間通してジャンとしか練習できなかったこと。加えて、ジャンのケガの状態が土居以上に悪かったため、最後までポイント練習ができなかったことだった。

 日比野菜緒は、当初の練習パートナーがハードロックダウンとなったため、急きょ、同じ状況にいる選手と組むことに。その相手が、一昨年の全仏オープン準優勝者のマルケタ・ボンドルソワ。予期せぬ事態ではあったが、この変更は、長い目で見た時には僥倖だったかもしれない。
  ボンドルソワの武器は、ボールを捉えるタイミングの驚異的な早さと、相手を押し込んでから突如放つドロップショット。世界20位の実力者との練習に、日比野は当初、自分のリズムで打つことも叶わず「結構落ち込んだ」という。

 ただ、自らも早いタイミングで前に入っていくテニスを標榜する日比野にとり、そのスピード感を2週間みっちり体感できたことは、結果として貴重な経験となった。また日比野だけでなく、帯同するトレーナーも、トップレベルのテニスを目の当たりにし「あのテニスに対抗していくには、こういうトレーニングが必要だ」と知識とモチベーションを得た様子。その経験が生かされるのは、ここから先かもしれない。

 海外では、気の知れた友人同士で練習したというケースも多いようだ。

 アナスタシア・パブリチェンコワは、ダブルスもよく組むアナスタシア・セバストワと2週間練習。ただ「試合で当たったらどうしようという意識が頭のどこかにあり、完全に練習に集中しきれなかった」と言った。ちなみに2人は、全豪の前哨戦で対戦。予感は現実となった。
  ステファノス・チチパスとマイケル・イーマーも、2週間練習コートで時間を過ごし、そして隔離後に対戦したケース。しかも2人の場合は、全豪本戦の3回戦である。

 チチパスとの対戦が決まった時、イーマーは「僕らはジュニア時代知った仲だし、気まずさも隠し事もない」と冷静だったが、実際に試合をしたチチパスは「試合開始直後は、ストレスを感じていた」と明かした。ただ試合が進むにつれ、チチパスが試合を支配。「今日の試合は、スタジアムから気候まで、マイケルと練習していた14日間と似た同じ環境だった」ことは、最終的には「助けになった」と世界6位は言った。

 最後に――冒頭で、「ハードロックダウン下にあった選手の早期敗退が目立った」と書いたが、その中でジェニファー・ブレイディは、昨年の全米オープンに続きベスト4入りの快進撃を見せている。

 カレッジからのプロ転向組で、昨年は欧州に拠点を移し急成長を遂げた25歳は、ハードロックダウンを乗り切った秘訣を2つ挙げた。
  1つは、「不平不満を言わない」こと。「世の中では、ホテルの部屋に14日間こもること以上に、もっともっと大変なことが起きている。テニスオーストラリアは最善を尽くしてくれているし、身体も動かせるのだから、できることをやろう」と自分に言い聞かせたという。

 もう1つは、「オフシーズンに厳しいトレーニングをし、身体を仕上げてきた」こと。「しっかりトレーニングしてきていれば、理想的な条件ではなくとも部屋で動けるのだから、フィットネスレベルが2週間でそこまで落ちるとは思えない」と、セミファイナリストは明言した。

 いつもとは異なる環境下で行なわれた今大会で、最終的に頂点に立つのは誰か? シーズン冒頭の条件の差異が、いかなる影響を及ぼすのか? そのような視点で今大会を、そして今シーズンを見ていくのも、また趣深いかもしれない。

現地取材・文●内田暁