競泳界の第一人者へ与えられた“特権”に、さすがの母国メディアも懐疑的な見解を示した。

 5月上旬、およそ1週間に渡って中国で開催されたのが、東京五輪への選考会を兼ねた全国競泳選手権だ。注目は、ドーピング拒否疑惑で揺れるスーパースター、孫楊の出場の有無。欧米メディアはそのエントリーを注視していたが、4月下旬に公開された選手リストにその名はなく、「孫楊の東京五輪への道は断たれた」「大逆転はならず!」との見出しが躍った。

 昨年2月、孫楊は一連のドーピング問題に関して、スポーツ仲裁裁判所(CAS)から「8年間の資格停止処分」を言い渡された。いちるの望みをかけ、最後のチャンスであるスイス最高裁判所への上告に踏み切る。コロナ禍で遅れに遅れた審議は11月になってようやく再開され、やがて誰もが驚く仰天裁決が下った。CAS聴聞会のリーダーに人種的偏見があったと判断され、「資格停止処分」は無効とジャッジされたのである。

 あらためて新たな3人の審議官の下で聴聞会が開催される。それが4月に入って、5月24日から28日に行なわれると決まった。その前の全国選手権で孫楊がどんな泳ぎを見せるのか。五輪出場に可能性を残すなかで、どんなタイムを叩き出すのか。久々の登場を期待する声が高まったが、結局メディアやファンは肩透かしを食らった格好だ。
  ところが大会が開幕してまもなく、中国水泳協会が独自の代表選考ルールを発表する。「2019年の世界選手権(世界水泳)で金メダルを獲得した選手には、東京五輪の出場権が与えられるべき」と制定したのだ。同大会の中国勢で金メダルを獲ったのは、自由形200メートル&400メートルの孫楊と、背泳ぎ100メートルの徐嘉余の2選手だけだ。明らかに孫楊の救済を意図した“後付けルール”である。

 オーストラリアの全国紙『Herald Sun』が「なんという恥知らずな行動だろうか。孫楊を五輪に出場させたいがために、愚かなルールを思いついたものだ」と糾弾したほか、欧米メディアが冷ややかな目を向けるなか、なんと中国国内からも疑問視する声が上がった。

 昨年末にスイス最高裁が懲罰を覆した際も「だからと言ってドーピング疑惑が消えたわけではない。孫楊の東京五輪出場は夢物語だ」と断じていた全国スポーツ紙、『新浪体育』である。

【PHOTOギャラリー】夏冬五輪で輝け! 世界のスポーツシーンを彩る「美女トップアスリート」たちを厳選! 同紙は「予選に出場しないで五輪に行く? すでに孫楊は切符を手に入れた」と皮肉を込めて銘打ち、次のようにレポートしている。

「今回の全国選手権の期間、孫楊の名はもはやタブー(禁句)に近いものになっていた。大会規則では、それぞれの種目で派遣A記録を達成して上位2名に入れば、東京五輪への代表権を得られるとある。だが戦前の予想通り、自由形の200メートルと400メートルでA記録を突破する者は現れなかった。そこで、協会は世界選手権での金メダリストに出場権を付与するという緊急声明を発したのだ。明らかに孫楊に“特権”を与えるためである。全国選手権は無観客開催で、取材するメディアの数も大幅に限定された。まるで孫楊を喧騒から守るかのようだったのだ」

 さらに『新浪体育』は、孫楊が1年以上も公式大会に出場しておらず、現在のコンディションは未知数だと指摘。ならば「たとえ派遣B記録であっても、ルールに沿って戦った選手たちに出場権を与えるべきである。不公平きわまりない」と主張した。加えて「日本にも同じルールがあり、瀬戸大也は世界選手権の優勝で五輪行きを決めた。だが中国では過去にまったく前例がない」と伝えている。

 そして、あくまで孫楊にとって重要なのは聴聞会だと言い切る。

「孫楊がなにを置いてもなすべきは、聴聞会の場で自分はルールを守る人間であると証明することだ。前回の聴聞会では拙い通訳もあって、不遜な態度だ、自己中心的だとの印象を抱かれてしまった。再度与えられた今回のチャンスで、まずは身の潔白を勝ち取らなければならない」
  一方で、これまでも奔放な振る舞いを続けてきた孫楊に対して、不信感も露わにする。

「彼は以前にも何度かルールを破っている。中国代表ユニホームの着用が義務づけられていた大会で、スポンサー企業のロゴが入ったウェアを着て物議を醸し、無免許運転で自動車事故を起こした過去もある。やはり彼はルールを守れない人間なのだろうか。はたして五輪出場への“青信号”を出すことが正解なのか。彼はまたルールに抗うだろう。責任感のある人間になれるかどうかは、本人の意識次第なのである」

 最後に同メディアは、「いまや中国スポーツ界の第一人者から“透明人間”に変わってしまった」と独特の表現を使って、29歳の国民的英雄を評した。

【PHOTOギャラリー】夏冬五輪で輝け! 世界のスポーツシーンを彩る「美女トップアスリート」たちを厳選!【孫楊のドーピング違反疑惑とは──】
2018年9月、中国・杭州の孫楊の別荘で実施された抜き打ちドーピング検査が発端だ。選手側がいったんは検査に応じたものの、やりとりのなかで検査官の資格と正当性に疑いを持つに至り、孫楊の側近が採取した血液検体の容器をハンマーで破壊。WADA(世界アンチ・ドーピング機構)はこれを重大な妨害行為と重く受け止め、CASに告発する。何度かの事情聴取と公開聴聞会を経て、2020年2月に孫楊は8年間の資格停止処分を言い渡され、すぐさま孫楊側は認められていたスイス最高裁への上訴に踏み切った。裁定が覆る可能性はきわめて低いというのが大方の見立てだったが──。11月になって新型コロナウイルスの影響下で滞っていた審理が再開され、2020年12月24日、スイス最高裁によってまさかの「無効裁定」が下されたのだ。聴聞会リーダーに差別的偏見があったと断じ、新たな調停メンバーでの聴聞会開催を通達。それが、5月24〜28日の日程で実施されることが決まった。

構成●THE DIGEST編集部

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