138−96でゴールデンステイト・ウォリアーズが大勝した現地1月14日(日本時間15日、日付は以下同)のシカゴ・ブルズ戦。この試合でゲームハイの25得点をマークしたのが、ルーキーのジョナサン・クミンガだ。

 その彼についてウォリアーズのスティーブ・カーHC(ヘッドコーチ)は「未来のMVP級の器」だと評している。

「ルーキーの頃のヤニス(アデトクンボ)を思い出すと、JK(クミンガ)のことを思わずにはいられない。彼はNBAのことをまだあまり理解していないし、何が起こっているのかもよくわかっていない。でも、まさにそれこそが10年前のヤニスの姿だ」

 昨年のドラフトでウォリアーズから7位指名を受け、今季NBAデビューしたクミンガは、ここまで30試合に出場。まだ先発は2試合だけだが、平均約10分のプレータイムで5.9点、1.9リバウンドをマークしている。
  ヤニスも2013−14シーズンにミルウォーキー・バックスからデビューした時はベンチ要員だった。のちにMVPを獲得する“グリーク・フリーク”はこの年、平均24.6分のプレータイムで6.8点、4.4リバウンド、1.9アシストという数字を残した。

 クミンガは、初めて先発した12月のトロント・ラプターズ戦で26得点を奪取。ただ、ブルズ戦こそが「クミンガのこれまでのベストマッチ」だとカーHCは語っている。

「この試合では、彼の包括的な能力が発揮されていた。パス、ディフェンス、それに何本かスリーも決めた。アスリートとしての爆発力も見せてくれたね。彼はまだ成長の初期段階にある。そして我々は、彼のその成長のプロセスをサポートしていきたいと思っている。NBAというこの巨大なリーグで、彼には吸収すべきこと、知らないことが山ほどあるが、それに圧倒されることのないよう、我々がそれを教示していきたい」

 クミンガは、高校時代には“アメリカNo.1高校生”と評価され、スカウトマンら多くの目利きたちが「大学進学は無意味。できるだけ早くNBAでプレーさせるべき」と太鼓判を押した逸材だった。
  当時の指導者の1人、アンディー・ボーマンはクミンガについて「穴がない選手」と描写している。

「彼はコートの両サイドで力を発揮できる。傑出しているのはプレーにかける強い意志だが、とりわけディフェンスへの意欲は並々ならぬものがあった」

 クミンガはポジションに関係なく相手のベストプレーヤーをマークすることを己に科し、コーチが他のマッチアップを考えていたとしても「もし必要としてくれるなら、僕が封じてきます!」と言ってのけ、実際にそれを実践していたという。

「このくらいの年頃の選手はオフェンスに意識が向くのがほとんどだから、その意味でも異才だったね。そしてもちろん、攻撃面もすばらしい。ディフェンスが1枚しかつかない試合では、決まって25〜35点くらい取ってくるんだ。しかし大抵彼にはダブルチームかトリプルチームがつく。それをかわしてシュートするだけのビジョンを彼は持っていた。これからもどんどん成長するだろうが、16歳にしてこれは凄いよ」
  その頃のクミンガは、1番から5番までこなしていた。

 アメリカ国内で最高峰のユースコンペティションを言われるナイキEYBL(エリート・ユース・バスケットボールリーグ)では、7月のトーナメント、ピーチジャムで平均27.4点、6リバウンドという見事なスタッツを記録し注目を集めた。ちなみに、平均21.3点、8アシスト、7.8リバウンドというオールラウンダーぶりでクミンガと評価を二分したのが、ドラフト1位のケイド・カニングハム(デトロイト・ピストンズ)だ。

 オーバーン大、 テキサス工科大、ケンタッキー大、そしてコーチK(マイク・シャシェフスキー)率いるデューク大からもオファーを受けたクミンガが高校卒業後に選んだ進路は、新設されたばかりのGリーグ・イグナイト。昨年のドラフトでヒューストン・ロケッツから2位指名されたジェイレン・グリーンや、31位指名(ミルウォーキー・バックス)のアイザイア・トッドもチームメイトだった。
  平均15.8点、7.2リバウンドを記録したイグナイト時代は、フリーの味方にパスすべき場面でシュートを選択するといった状況判断や、シューティングの課題もあぶり出された。しかし高校時代に7kgの筋肉増量をしたという203cm、95kgの立派な体躯、そして「ちょっと短いか!?」というジャンプでもリムにボールをねじ込める213cmのウイングスパン、さらにはクイックネスといったアスレチック能力など、今後の成長を期待させる素質を持っている。

 なによりアフリカのコンゴで生まれ育ち、14歳でアメリカに渡ってきた彼が、そこからわずか5年でNBAデビューに至ったというのも、高いポテンシャルを象徴している。

 両親がバスケットボールをしていたため物心ついた時からボールに触れていて「正確には何歳からプレーを始めたかはわからない」とインタビューで発言したクミンガ。内戦下にあり、まともなコートもない状況で、足場の悪い空き地でプレーしていると、成長期のころは2週間で靴に穴が空いたが、すぐに買い換えることは叶わず、そのままプレーし続けていたという。

 ならば“きちんとした設備で、シューズを履いて練習していたらどれだけ伸びていたのか?”と想像したくなるが、フィリピンではスラム街出身の子どもたちが、スポーツ選手としてメキメキ才能を発揮しているという話を聞いたことがある。幼い頃から、凸凹が多く、曲がりくねった細い路地を裸足で駆け回っていたことで、抜群のボデイバランスやアジリティ、瞬発力を自然と身につけているのだという。
  彼にアメリカへの道を開いたのは、同じくバスケットボールをしていた4歳上の兄だ。その兄、ジョエル・ンタンブエは現在、フィラデルフィア・セブンティシクサーズの下部組織、デラウェア・ブルーコートでセンターを務めている。また、先月サクラメント・キングスと10日間契約を結んでいたエマニュエル・ムディエイは従兄弟だそうで、彼ら2人はクミンガの頼れる相談役だ。

 しかもチーム内には、ステフィン・カリーやドレイモンド・グリーン、クレイ・トンプソンといった最高の先輩プレーヤーたちがいる。

「自分が名を上げて、故郷のバスケットボール発展の役に立ちたい」

 明確な目標を掲げるルーキーは数年後、カーHCが感じたように、ヤニス級の選手になっているだろうか。

文●小川由紀子

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