アメリカと日本が対戦した、昨年の東京五輪女子バスケットボール決勝戦で、ゲームハイの30得点をマークしてアメリカを優勝に導いた、センターのブリトニー・グライナー。身長162cmの日本のガード町田瑠唯と、203cmのサイズを誇るグライナーの、41cm差のマッチアップも話題となった。

 WNBAオールスターに7回出場し、NCAA、WNBA、ユーロリーグ、オリンピックの女子4冠を制覇した11選手のうちの1人であるグライナー。現在、世界最高の女子バスケットボール選手とも言われているプレーヤーだ。

 しかしそんなグライナーは今、モスクワで勾留されている。

 2月17日、モスクワのシェレメーチエヴォ空港で、大麻オイル所持により拘束。だがその事実はすぐには明かされず、拘束から約2週間たった3月5日に初めて、ロシアの連邦税関は、アメリカ代表の女子バスケットボール選手が拘束されていることを発表した。
  その時点でも、それが誰なのかは特定されていなかったのだが、その後、ロシアの国営通信社タスがブリトニー・グライナーであると公表。そしてそれから1週間後の24日、ロシアによるウクライナ軍事侵略が始まったことで、戦争当時国に置かれているグライナーの安全が懸念されている。

 所属するWNBAのフェニックス・マーキュリーは3月5日、クラブ公式Twitterで以下のような声明を発表した。

「我々は、ロシアにおけるブリトニー・グライナーの状況を認識し、注意深く見守っている。彼女の家族、代理人、WNBA、NBAと密接に連絡を取り合っている。我々はブリトニーを愛し、サポートしている。現時点での最大の関心事は、彼女の安全と、身体的・精神的な健康、そして、彼女が無事に帰国することだ」

 WNBAも「グライナーはリーグの全面的な支援を受けており、我々の最優先事項は彼女の迅速かつ安全な米国への帰還である」という主旨の声明を発表。

 アメリカはウクライナ側、つまりロシアの敵側についているため、アメリカ当局はグライナーが、たとえば“人質”といった形で、アメリカの紛争介入に圧力をかける道具にされることを恐れて、大きな動きは控えているとも報じられている。
  そしてロシア側も、アメリカ側の領事的な接触をこれまで認めていなかった。よってグライナーの現状に関しては一切情報がなく、彼女の安否が懸念されていたのだが、勾留が1か月以上経過した数日前に初めて、在モスクワのアメリカ大使館員の訪問が許され、「健康状態は良好」であると発表された。

 タス通信が状況を明かしたところでは、グライナーはほかに2人と同室の独房に入れられ、ドストエフスキーの小説を読んで過ごしているらしい。身長203cmの彼女にとって、普通サイズのベッドは快適ではないだろうが、グライナーは処遇についても一切不満などは口にしていないという。

 そもそもなぜ彼女がモスクワに渡航したかだが、WNBAがオフの期間、グライナーはロシアのUMMCエカテリンブルクでプレーしている。2月はワールドカップ予選のため2週間リーグが休止となり、その間アメリカで過ごしていたグライナーが、リーグ再開に向けてロシアに戻るところだった。
  2015年にグライナーが入団して以来、UMMCエカテリンブルクは2016、18、19、21年と4度も女子ユーロリーグで優勝。チームにとって欠かせない重要な戦力となっている。

 ちなみに英ガーディアン紙によれば、WNBAのロースターに登録されている選手144人のうち90人が、オフシーズンは他国のリーグでプレーしているそうだ。そこでの年棒は、グライナー級の選手ともなればアメリカでの4倍といわれ、女子選手にとっては重要な収入源になっている。

 ロシアによるウクライナへの侵攻が始まると、WNBAの呼びかけで、ロシア国内のクラブでプレーしているアメリカ人選手は全員アメリカへ戻った。しかし運悪く、このタイミングで拘束されていたグライナーだけが、拘置所で足止めされることになってしまったのだ。

 欧米を中心に、これは仕組まれたことだという陰謀説も流れている。2015年からエカテリンブルクに在籍している彼女にとって、ロシアはいわば第2の拠点。ロシア入国の際のチェック状況や禁止薬物なども、当然把握しているはずだからだ。
  その疑惑に応戦するかのように、ロシア連邦税関は、グライナーらしき人物が荷物検査場に入ってきた時、麻薬検査犬が反応して、手荷物の中にあった包みをチェックされている監視カメラの映像を公開。

 彼女が携帯していたといわれる『hashish oil 』(ハシシ油)は、国によっては合法であり、薬として使用されている例もあるなど、合法と違法のすれすれのラインにあるドラッグであるようだ。

 彼女には、2020年2月にベオグラードで行なわれた東京五輪の最終予選で取材させてもらう機会があったが、コート上での豪快なプレーが別人かと思えるくらい、オフコートでの、少女のような可愛らしい受け答えが印象的だった。同行したカメラマンが遠慮がちにツーショット写真をお願いしたときに、笑顔で応じてくれた気さくな振る舞いも、とても記憶に残っている。
  1か月以上も音沙汰がなかった彼女が、良好な健康状態であることが伝えられたのは朗報だが、勾留所を出られるのは、ここからまだ約2か月後の5月19日を予定しているとのこと。その後、ロシアの法律により、最長10年の禁固刑になる可能性もあると言われている。

 合法か違法かのボーダーラインにあるような薬物を携帯することは、プロのアスリートであればなおのこと、不注意だと言わざるを得ない。ただ、戦時下で、敵国に勾留されているという状況はどれほど恐ろしいことかとも思う。彼女が心身の健康を保ち、そして今後、正当な対応を受けられることを願うばかりだ。

文●小川由紀子

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