6月7日の日本ハムファイターズ戦で、横浜DeNAベイスターズの今永昇太がノーヒットノーランを達成した。

 今季では3人目の達成者となったのだが、実は左腕に限ると2019年9月14日の大野雄大(中日ドラゴンズ)以来実に3年ぶり、26度目(23人目)だ。今回はそんな左腕投手のノーヒッター・トリビアを紹介しよう。

▼最年少と最年長はともに左腕

 ノーヒッター左腕といえば、最も有名なのが400勝投手の金田正一だろう。1957年8月21日の中日戦で、サウスポーでは唯一の完全試合を達成した。ファンがグラウンドに乱入し、約40分の中断を経ての壮絶な快挙は、金田にとって2度目のノーヒッターで、さかのぼること6年前の1度目もまた凄かった。

 51年9月5日の大阪タイガース(現阪神)戦。戦前から活躍する強打者・藤村富美男を主軸とする大阪打線を向こうに回し、5四死球を与えながらも三塁すら踏ませないピッチングを披露して偉業達成。前年に高校を中退してプロ入りした金田は、この時18歳1か月。これは今もノーヒッター史上最年少記録として残っている。

 一方、最年長ノーヒッター記録も左腕が持っている。達成したのは06年9月16日の山本昌(中日)で、当時41歳1ヵ月。この時も相手は阪神で、130キロ台の直球と100キロ台のスローカーブでことごとく打者のタイミングを外す老獪な投球術が光り、わずか97球で快挙達成。失策1つのみの準完全試合だった。
 ▼江夏が見せた究極の独り舞台

 73年8月30日の阪神対中日戦。夏の終わりの甲子園球場はこの日、異様な雰囲気に包まれていた。延長11回表終了時点で両軍ともに得点できず、スコアボードには21個のゼロが並んでいた。しかも、中日打線はただの1安打も出ていない。いまだノーヒッター継続中の江夏豊が、11回裏先頭の打席に立った。

 当時の中日はまさに強打のチームで、高木守道、谷沢健一、大島康徳と後に名球会入りする打者が3人もラインナップに並んでいた。その“強竜打線”に対し、江夏は2四死球を与えるも無安打。だが、相手先発の松本幸行も無失点と好投し、9回終了時点では決着がつかず、11回までノーヒッターを継続していた。

 そして延長11回裏、打者・江夏は松本の初球をフルスウィング。会心の当たりはライトスタンドへと吸い込まれ、この瞬間江夏のノーヒットノーランが確定した。マウンド上で呆然と立ち尽くす後ろで、江夏は悠々とダイヤモンドを一周。史上唯一の延長ノーヒッター、しかも投手陣のサヨナラ弾という空前絶後の大記録の余韻にひたっていた。

▼“平成の怪物”もできなかった大記録

 球史に燦然と輝く大エース、松坂大輔やダルビッシュ有(パドレス)は、高校時代に甲子園でノーヒッターを達成している。ところがこの2人、プロの舞台では1度もやっていない。甲子園とプロの世界でともにノーヒットノーランを達成したのはこれまでにただ一人、左腕の杉内俊哉しかいないのだ。

 80年生まれで、いわゆる松坂世代の一人である杉内は、まず98年夏の甲子園で快挙を達成。1回戦で八戸工大一高戦を16奪三振を奪って無安打に抑えたが、続く2回戦では松坂のいた横浜高と対戦し、6失点と打たれて敗退した。なお、この試合で杉内から本塁打を打った松坂は、決勝の京都成章高戦でノーヒットノーランを達成して“平成の怪物”の名を不動のものとしている。

 プロでの達成はその14年後、12年5月30日。巨人にいた杉内は、交流戦で楽天と対戦し、田中将大と投げ合って、9回2死まで1人のランナーも許さなかった。完全試合達成かと観客が色めき立つなか、27人目の田中に代わる代打・中島俊哉に惜しくも四球を与えてパーフェクトは露と消えるも、28人目の聖澤諒を抑えてノーヒッターを達成した。

文●筒居一孝(SLUGGER編集部)