ウインブルドンテニス、大会1週目屈指の好カードと目されたニック・キリオス対ステファノス・チチパス戦は、期待通りの接戦となったが、試合内容以上に舌戦と蛮行に話題が集まる後味の悪い結末となった。

 2回戦では、アレハンドロ・ダビドビッチフォキナが最終セットタイブレークの大熱戦の末に、マッチポイントでポイントペナルティを犯し敗れる珍事が発生した。

 今年3月にアレクサンダー・ズベレフが審判台をラケットで殴打した件や、全仏オープンでイリナ-カメリア・ベグの投げたラケットが客席に飛び込んだことなど、選手の粗暴さが何かと俎上に乗る昨今。今回のウインブルドンでも、その流れは続いている。

 とりわけキリオスとチチパスの一戦は、両者ともに高額罰金を課される荒れ模様だ。もっとも、初戦で観客に向けツバを吐いたことに比べれば、この日のキリオスの行為は“通常運転”の範疇だったかもしれない。主審の判定に不満をあらわにし、チェンジオーバーのたびに抗議をする。4000ドルの罰金の対象となったのは、猥褻な言葉を発したためだ。
  それらキリオスのせわしなさに、平常心を失いかけたのが、チチパスである。第2セットを落とすと、苛立ちから客席にボールを打ち込んだ。不幸中の幸いでボールは観客を直撃こそしなかったものの、壁に跳ね返った後、観戦者の後頭部にぶつかったようにも見えた。

 この行為でチチパスは“コードバイオレーション”を受けるが、キリオスは収まらない。

「失格だ! あれは失格だ! 俺が同じことをしたら、失格にするだろう!」

 そう激しく主張するキリオスは、その後も「なんで彼がまだコート上にいるんだ!」「スーパーバイザーを全員呼べ!」と主審に詰め寄った。

 後にチチパスは、ボールを打ち込んだ行為について「全面的に自分が悪かった」と陳謝するも、同時に、執拗に抗議を繰り返すキリオスについては「ものすごく不快だ」「彼は弱い者いじめをするタイプ」と歯に衣着せぬ物言いに終始。試合中にも、キリオスを狙ったかに見える強打が、ベースライン後方の壁を直撃する場面も。その件について問われると、「彼を狙ったボールが外れた」とあっさり認め、会見室の空気を凍り付かせた。
  ズベレフやチチパスら、次代を担うと期待された世代の粗暴な振る舞いが続いたため、「最近の若い選手は荒れている」との声が、取材陣の間でも上がりがちだ。ズベレフに“執行猶予”措置が下されたこともあり、「スター選手に甘すぎる」との意見も多く聞こえる。

 実際に、最近になり選手の行為が荒れてきたのか否か、それを定量化するのは難しい。ただ、主審として数々のグランドスラム名勝負を裁き、現在はフランステニス協会で働くパスカル・マリア氏は、興味深い考察を述べた。

「選手は以前よりも、試合でフラストレーションを溜め、観客やボールパーソンに怒りをぶつけがちになった」との見解を示したマリア氏は、その理由の一端を「エレクトロニック・ラインジャッジ」に求めたのだ。

 全仏オープンやウインブルドンでは、従来通り線審がボールのイン/アウトを判定するが、全豪オープンと全米オープンは線審を排し、電子ライン判定システムを導入している。これは、コート周辺に設置された遠隔追跡カメラがボールの着地点を計測し、コンピュータがリアルタイムで判定を下すシステム。現在では北米を中心に、男女のツアー大会も電子ライン判定を用い始めた。
  ジャッジの正確性という意味では、人より、電子ライン判定に軍配が上がる。というよりも、選手に反論の余地はない。そしてその事実が、選手を苛立たせるのではとマリア氏は言った。

「線審が判定を下している場合は、選手は抗議をし、場合によっては話すことで気持ちが落ち着くこともあるでしょう。でもそれができないから、フラストレーションを溜めやすく、不満が観客やボールキッズに向かっているように感じます」

 さらには、線審という“監視の目”がコート内から消えたことで、選手のタガが外れやすくなったともマリア氏は見る。

 もしこれらの見立てが正しいのなら、システムの移行期のなかで、選手や審判も従来とはやや異なる対処法を模索するべき時なのかもしれない。線審の需要が減り人材確保も難しくなるなかで、審判員の育成面も含めた、奥の深い問題だ。

現地取材・文●内田暁

【PHOTO】キリオス、チチパスらウインブルドン2022で活躍している男子選手たちの厳選写真