7月15日(現地時間)に開幕したオレゴン世界陸上。注目種目のひとつである男子マラソンは日本時間の17日の22時15分にスタートする。この種目の日本勢で最も期待を集めていたのが、日本記録保持者の鈴木健吾(富士通)だったのだが、現地時間の16日(日本時間17日)に新型コロナウイルスに感染したことが発表され、妻で女子マラソン代表の一山麻緒(資生堂)とともに欠場となってしまった。

 レース直前で無念の欠場が発表された日本のエース。レースではその雄姿を見ることはできなくなったが、果たして鈴木はどのような過程を経て大会に臨み、いかなる期待感のなかで大舞台に挑もうとしていたのか。

 鈴木は神奈川大時代、3年時の箱根駅伝2区で区間賞を獲得。4年時の全日本大学駅伝で優勝ゴールに飛び込むなど大活躍した。卒業前の東京マラソンでも学生歴代7位(当時)の2時間10分21秒をマークしている。

 富士通入社後は大腿骨を疲労骨折するなど故障が相次いだ鈴木だったが、2019年9月15日のマラソングランドチャンピンシップ(MGC)で存在感を見せる。7位に終わったものの、20km手前でペースアップし、2位集団を崩壊させたのだ。

 大学時代から目標にしていた東京五輪には届かなかったが、鈴木は昨年2月のびわ湖毎日マラソンで“覚醒”。36km付近で飛び出すと、ラスト5kmを14分23秒という日本人では異次元のスピードで突っ走った。そして大迫傑が保持していた日本記録(2時間5分29秒)を大きく更新する2時間4分56秒で圧勝した。

「こんなタイムが出るとは思わなかったので、正直自分が一番ビックリしています。東京五輪の代表にはなれなかったですけど、しっかり気持ちを切り替えてパリ五輪を見据えてコツコツやっていきたいと思います」
  びわ湖で驚異的なラストを見せた鈴木が“底力”を発揮したレースが、今年3月の東京マラソン2021だ。日本記録保持者の重圧に悩まされ、直前の故障もあった。2時間4分台を叩き出したときの「5〜6割」という状態ながら、圧巻のパフォーマンスで日本歴代2位の2時間5分28秒で日本人トップに輝いた。

「昨年、日本記録を出してから1年間、とても苦しかったんですけど、それを今日、乗り越えれたかなと思います」と話した鈴木は、男泣きした。涙の理由は他にもあった。それは第1集団ではなく、第2集団でレースを進めたことだ。

 結果的に4位まで順位を押し上げたが、鈴木は世界トップクラスと真っ向勝負できなかったことを悔やんだのだ。それほど「世界」と戦っていくんだという気持ちが、彼は強いのである。「今回、日本人のなかで勝てたことは僕にとって収穫だったと思っています。でも優勝したエリウド・キプチョゲ選手とは3分近い差がありますし、自己ベストも世界記録と3分以上の差がある。世界と戦うには、その差を少しでも縮めていかなければいけません。自分のレースをしながら少しずつ距離を縮めていきたいなと思っています」

 オレゴンでの世界陸上に向けては、妻・一山麻緒(資生堂)とともに6月8日から米国・アルバカーキで約1か月の高地合宿を敢行。「理想の練習を、ほぼほぼウソなくできて、ここまで来るにあたっては合格です」と順調にトレーニングを消化していたようだ。
  現地での直前会見では、「強い世界の選手にチャレンジできる場なので、積極的にいきたい。表彰台が理想だけど、謙虚に入賞を目標にしていきたいです」とコメント。以前に目標は「東京五輪の大迫さんを上回ること」と話しており、大迫傑の6位を上回り、「メダル」に近づくことをターゲットにしていた。2013年以来、世界陸上における日本勢の入賞はない。だが、鈴木であれば、入賞ラインを目指して後方から上げていくのではなく、トップ集団に食らいつくようなレースができていたはずだ。

 現地時間の朝6時15分スタートということもあり、気温は20度以下となる見込みで、世界陸上としては涼しいなかでのレースになる可能性が高い。男子マラソンの世界記録保持者で五輪を連覇中のキプチョゲは出場しないが、東アフリカ勢を軸に高速レースになることも十分に考えられる。そこに日本のエースがどこまで対応できるのかが、大きな見どころとなるはずだったのだが……。コロナ感染による欠場は鈴木本人が一番悔しいはず。今は、彼が無事回復することを願いたい。

取材・文●酒井政人

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