目まぐるしく選手が移籍するため“スーパーチーム”誕生も珍しくはなくなった近年のNBA。昨季で言えば、レブロン・ジェームズとアンソニー・デイビスの2枚看板に、ラッセル・ウエストブルックやカーメロ・アンソニーを加えたロサンゼルス・レイカーズ、ケビン・デュラントとカイリー・アービング、ジェームズ・ハーデン(現フィラデルフィア・セブンティシクサーズ)を中心に強力ロースターを完成させたブルックリン・ネッツが市場を大いに賑わせた。

 そんななか、NBAで11年間プレーしたジョン・サリー(元デトロイト・ピストンズほか)は、名門ボストン・セルティックスを例に、現代の風潮に迫っている。

 昨季はネッツのアービングが、新型コロナウイルスのワクチン未接種でシーズン終盤までニューヨーク市でのホームゲームに出場できず、接種義務のないアウェーゲームでのみコートに立つ“パートタイムプレーヤー”として話題を呼んだ。
  それと同様に注目を集めたのがベン・シモンズの去就で、シクサーズにトレードを要求し、メンタルヘルスの問題もあるとして試合に出場せず。トレード・デッドライン当日にネッツに移籍したものの、背中の痛みが再発して結局シーズン全休に終わった。

 名物コメンテーターのスティーブン・A・スミスはシモンズを「最も哀れなアスリート」とレッテルを貼ったが、キャリア13年間で3度のリーグ優勝を経験したサリーは『VLAD TV』のインタビューで、「ベン・シモンズは正しいシチュエーションにおいては偉大な選手になれる。スティーブ(A・スミス)の意見には100%反対だ」と反論した。

 その上で、年俸が高騰し、選手たちが移籍において大きな影響力を持つ現代に関して、サリーはセルティックスを引き合いに出して自らの見解を述べている。

「セルティックスは大学卒業1年前にラリー・バードと契約した。いったい何が起こったのか、いまだに話すことが許されていない。(その後)彼らはケビン・マクヘイル、ロバート・パリッシュ、ダニー・エインジ、デニス・ジョンソン、ビル・ウォルトンを獲得した。セルティックスは突然、(人事責任者の)レッド・アワーバックがお膳立てしたこの“マスターチーム”を手にした。今のNBAでは、そういうことが起こっているんだ」
  セルティックスは1978年のドラフト1巡目6位でバードを指名。当時バードはインディアナ州大の3年生で中退の意図はなかったが、編入以前のインディアナ大に属していた時からは4年目になり、アワーバックがドラフトルールの盲点を突く形で指名したのだった。

 バードはインディアナ州大を卒業した1979−80シーズンからセルティックスに加入。1977−78シーズンは32勝、1978−79シーズンも29勝と低迷していたチームは、バード加入とともに再びイースタン・カンファレンスのトップチームに舞い戻った。
  サリーは2010年にクリーブランド・キャバリアーズから電撃移籍したレブロン・ジェームズ(ロサンゼルス・レイカーズ)についても「最もスマート」と言及。「フリーエージェントでマイアミ・ヒートを選び、2回の優勝を果たした」と、選手としての権利を最大限に活用しながら、タイトルを手にしたことを評価している。

構成●ダンクシュート編集部

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