オレゴン世界陸上で“日本人初”を連発したのが男子100メートルに出場したサニブラウン・アブデル・ハキーム(タンブルウィードTC)だ。

 まずは予選(7組)の走りが圧巻だった。課題にしていたスタートがバチンッと決まると、持ち味の後半で強さを発揮する。9秒77のアフリカ記録を持つファーディナンド・オムルワ(ケニア)らを抑えて、真っ先にフィニッシュラインを駆け抜けた。

「しっかりスタートで出られたので、中盤までしっかり作って、後半はリズムを感じながらスーッと抜けられたので良かったかなと思います」

 記録は自己ベストに0.01秒差と迫る9秒98(−0.3)。日本人では初となる世界大会の9秒台で、向かい風での9秒台も日本人初だった。

 翌日の準決勝(1組)は10秒05(+0.3)の3着ながらプラス通過で決勝に進出。日本人が到達したことのない「世界最速」を決めるステージに立った。

 1レーンのサニブラウンは前半で出遅れると、10秒06(−0.1)の7位でフィニッシュ。レース後はトラックに座り込むほど心身ともに疲弊していた。

「独特の緊張感があったな、という感じ。準決勝は、(ラウンドを)抜けようとして緊迫していた(雰囲気)があったんですけど、決勝はみんなもっとリラックスしている感じで、自分の走りをしようとする様子を感じました」

 レース内容は「まったく記憶がない」と言うが、レースの雰囲気は準決勝と違ったようだ。

 昨季はヘルニアによる腰痛に苦しみ、思うようなトレーニングを積むことができなかった。今季も大会前のシーズンベストは日本選手権の準決勝でマークした10秒04(+0.8)。世界陸上でファイナルを目指すには物足りないタイムしか残せていなかった。そのなかでサニブラウンはどう仕上げてきたのか。
  日本選手権とオレゴン世界陸上を比べると、スタートのリアクションタイムが格段に良くなった。日本選手権は予選が0.162秒、準決勝が0.159秒、決勝が0.157秒。本人も「ちょっと反応が遅すぎる」と漏らしていたほどで、決勝では入賞者のなかで最も悪かった。

 それがオレゴン世界陸上では予選のリアクションタイムが0.112秒。予選出場56人中7番目タイという好反応で、日本選手権の予選と比べて0.050秒も短縮したことになる。これは10秒04が9秒99になる計算だ。

 サニブラウンにとってスタートは長年の課題だった。2019年ドーハ世界陸上の準決勝はスタート音がよく聞こえず、リアクションタイムが0.206秒という最悪の滑りだしになり、10秒15(−0.3)の5着に沈んだ。
  一方、今回のリアクションタイムは準決勝が0.124秒、決勝は0.147秒。予選(0.112秒)からタイムを落とすかたちになったが、サニブラウンの進化した部分になるだろう。

 ただし、決勝でメダルを獲得した3人はいずれも0.11秒台(0.119秒、0.118秒、0.110秒)。サニブラウンは決勝に進んだ8人中7番目だった。

「決勝で戦うためには、1本目の準決勝を(悠々と)走って、2本目(の決勝)でしっかり合わせられる強さが必要です。こんなところで記憶が飛んでいちゃ、ダメですね(笑)。結果としては悔しいレースになったんですけど、全力を出し切ることができました」

「昨年はケガをして全然ダメで、ここまでよく戻ってこられたかな。今回ファイナルを経験できて、来年の世界陸上に向けて、いいスタートが切れました。これからは金メダルを狙って、来年はアメリカ勢のワン・ツー・スリーを崩せるように頑張っていきたいです」

 2位のマーヴィン・ブレイシーと3位のトレイヴォン・ブロメルはチームメイトだ。彼らと米国フロリダの地で競い合っているサニブラウンはメダリストとの違いを日々実感している。

 それでも「金メダル」というワードが出たということは、その可能性を感じているからだろう。
  東京・城西高2年だった2015年の世界ユース選手権で100メートル・200メートルの2冠を達成。同年、200メートルで史上最年少の世界陸上出場、さらには準決勝に進出した。2017年のロンドン世界陸上200メートルは史上最年少でファイナルに進み、7位に入った。サニブラウンは同世代で間違いなく世界ナンバー1のスプリンターだった。

 この数年はケガもあり停滞したが、日本が誇るダイヤモンドアスリートはまだ23歳。夢の「世界一」に向かって、再び動き出した。2023年はブダペスト世界陸上、2024年はパリ五輪、2025年には東京世界陸上が開催される。“夢”の実現を期待せずにはいられない。

取材・文●酒井政人

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