昨季4度目のNBAチャンピオンとなり、初のファイナルMVPを獲得したステフィン・カリーは、誰もが認めるゴールデンステイト・ウォリアーズのフランチャイズプレーヤーとしての地位を確立した。

 とはいえ、カリーも順風満帆なキャリアを送ってきたわけではない。キャリア3年目の11−12シーズンは足首のケガに苦しみ、40試合の欠場を余儀なくされていた。

 ルーキーシーズン(09−10)に80試合へ出場し、平均17.5点、4.5リバウンド、5.9アシスト、1.9スティールに3ポイント43.7%(平均2.1本成功)を残してオールルーキー1stチームに選ばれ、翌10−11シーズンには同18.6点、3ポイント44.2%(平均2.0本成功)に加えてフリースロー93.4%でリーグトップに立った。

 だが、カリーの元チームメイトであるジェレミー・リンは、当時のキース・スマートHC(ヘッドコーチ)がカリーをフランチャイズの基盤を担う選手としてみなしていなかったと話していた。

 現地時間8月10日に米衛星放送『Sky Sports』へ公開されたインタビューで、リンは当時についてこう回想している。

「ルーキーイヤー(10−11シーズン)に僕は彼と一緒だった。コーチはステフのことをあまり信頼していなくて、ベンチへ下げてよく怒鳴っていた。彼にとっては本当にタフだっただろう」

 10−11シーズンのウォリアーズは、2年目のカリーがチーム2位の平均18.6点を残すも、エースはモンテ・エリス(同24.1点)で、プレータイムではエリス(同40.3分)、ドレル・ライト(38.4分)、デイビッド・リー(36.1分)に次ぐ4番手の平均33.6分に過ぎなかった。
  リンは当時のカリーについてこう話していた。

「第4クォーターに入ると、彼は当然のようにベンチに下げられていた。でも彼の中にはもの凄い自信があり、偉大な選手になってやるんだという信念が備わっていた。彼には『僕に決められないショットなんてない。決められるし、どこからでもキャッチ&シュートできるんだ。1本打たせてくれれば決められる。(ベンチへ下げたら)残りの時間帯でトラブルに陥るよ』というようなオーラが漂っていた」

 もっとも、リン自身も「彼があんなにいい選手になるとは思ってなかった」と、カリーの成長には舌を巻いていた。

「あそこにいた時、僕はなぜステフがあんな扱いを受けていたのか理解できなかった。彼のことを本当にいい選手だと思っていた。すでに平均18、19点していたしね。僕はこう思っていたのさ。『想像してみろ。この男があと数年経験を積んで手綱を握ることになったら、フランチャイズの鍵を握るんじゃないか。いったい、彼はどんなことをやってしまうんだろう』ってね」(リン)

 その後カリーは12−13シーズンにマーク・ジャクソンHCの下でブレイク。平均22.9点、4.0リバウンド、6.9アシスト、1.6スティールをマークした。

 今では押しも押されもせぬバスケ界のスーパースターとなったカリーだが、若手時代は思うように活躍できずにいたことが、リンの言葉からも見てとれる。

 カリーは自身に対する揺るぎない自信、チャンスをもらえればすぐさま結果を残せるという確固たる自信があっただけでなく、辛い状況でも我慢して努力を続けてきたからこそ、今の姿があるのだろう。

文●秋山裕之(フリーライター)