ジョージ・マイカン、ウィルト・チェンバレン、カリーム・アブドゥル・ジャバー、アキーム・オラジュワン、シャキール・オニールなど、これまでNBAでは多くのビッグマンが活躍してきた。

 しかし、サイズより機動力やシュート力が求められる現代バスケではスモールラインナップを敷くチームが増加し、ビッグマンが弱点になることも少なくない。

 ただ、大男たちがゴール下で繰り広げる肉弾戦はバスケットボールの醍醐味でもある。『THE DIGEST』の当シリーズでは、これまで様々なカテゴリー別にベスト5を選出してきたが、今回は現代のトレンドに逆行する、全員が203㎝以上の“ビッグマンチーム”を選出した。
 【ポイントガード】
マジック・ジョンソン
206cm・100kg
1959年8月14日生
キャリアスタッツ:906試合、平均19.5点、7.2リバウンド、11.2アシスト

 PGの身長は183〜185cmくらいが標準的で、190cmを超えると大きな部類に入る。そのようなポジションを206cmもある選手が本職とし、あらゆる種類の華麗なパスを繰り出していたのだから、マジックはまさしく魔法のような存在。ポジションの固定概念を覆したと言っても過言ではない。

 1979年のドラフト1位でロサンゼルス・レイカーズに入団した当時は、PGに好選手のノーム・ニクソンがいたために主としてSGで出場。ファイナルでカリーム・アブドゥル=ジャバーが負傷した際は代わりにセンターに入り、42得点、15リバウンド、7アシストという、本来はガードとは思えない数字を残した。82−83シーズン以降は9年連続で平均2桁アシスト、うちリーグ1位が4度。レイカーズのショータイム・バスケットボールを先導し、3回MVPに選ばれた。

 身長はベン・シモンズ(ブルックリン・ネッツ)のほうが211cmと高いけれども、史上最高のPGとは比較にならない。

【シューティングガード】
トレイシー・マッグレディ
203cm・102kg
1979年5月24日生
キャリアスタッツ:938試合、平均19.6点、5.6リバウンド、4.4アシスト

 SGではPGのマジックのように、標準よりも飛び抜けて背の高いスター選手は見当たらない。このポジションで長く活躍した選手では、203cmの”T―MAC”ことマッグレディが一番の長身だ。

 97年にトロント・ラプターズに入団し、ケビン・ガーネット、コビー・ブライアントに次ぐ高卒のスター選手へ成長。オーランド・マジックへ移籍した2000−01シーズンに、平均得点を前年の15.4から26.8と飛躍的にアップさせてMIPを受賞した。03年は平均32.1点、04年は28.0点で2年連続得点王。ヒューストン・ロケッツ時代には伝説の「33秒間に13得点」という離れ業もやってのけた。

 しなやかさと力強さを兼ね備えたプレースタイルで人気を博していたが、20代の終わりごろからヒザを痛めてしまい、急激に成績を落としてしまった。60年代にフィラデルフィア(現ゴールデンステイト)ウォリアーズで活躍したトム・ゴーラも198cmあって、当時のSGとしてはかなりのビッグサイズだった。
 【スモールフォワード】
ペジャ・ストヤコビッチ
208cm・104kg
1977年6月9日生
キャリアスタッツ:804試合、平均17.0点、4.7リバウンド、1.8アシスト

 今では身長の高い選手が3ポイントを決めるのは、珍しくなくなっている。ダーク・ノビツキーとともに、そうした選手の走りのような存在だったのが身長208cmのストヤコビッチだ。

 クロアチア生まれで、ギリシャのプロリーグから98年にサクラメント・キングスへ加入すると、正確なシュート力で3年目には平均20.4点。02年からは3年続けてオールスターに出場、03−04シーズンはリーグ最多となる240本の3ポイントを沈め、自己ベストの平均24.2点を叩き出した。「酔っ払いが倒れこみながら打っているみたい」と形容されたシュートフォームは理想的とは言い難かったが、オールスターの3ポイントコンテストでも2度優勝。04年と08年はフリースロー成功率で1位となっている。

 ケビン・デュラント(ネッツ)も長身のSFで「本当の身長は7フィート(213cm)」などと冗談半分で語っていたこともあったが、実際には登録上の208cmよりも低い206cmだと、19年に実施された正式な測定で判明している。
 【パワーフォワード】
ダーク・ノビツキー
213cm・111kg
1978年6月19日生
キャリアスタッツ:1522試合、平均20.7点、7.5リバウンド、2.4アシスト

 身長224cm、オールスター選出4回のラルフ・サンプソンこそ、史上最高の長身PFではないかとの声はあるだろう。だがサンプソンがPFでプレーしていたのは、センターにアキーム・オラジュワンがいたからで、本来のポジションはセンターである。

 221cmのクリスタプス・ポルジンギス(ワシントン・ウィザーズ)も「センターよりPFの方が落ち着いてプレーできる」と言い、ニューヨーク・ニックス時代は主にPFで起用されたが、今ではほぼセンター。となると身長213cmはこの2人より低くても、ほぼ一貫してPFだったノビツキーが妥当か。

 ヨーロッパ出身者で史上最高の選手と言われ、01年から12年連続、通算13回平均20点以上。MVPに輝いた07年に味わったプレーオフ1回戦敗退という屈辱は、11年にダラス・マーベリックスを優勝に導き、ファイナルMVPを受賞して晴らした。アトランタ・ホークスで長くPFを務めたケビン・ウィリスも、ノビツキーと同じ213cmだった。
 【センター】
ヤオ・ミン
229cm・141kg
1980年9月12日生
キャリアスタッツ:486試合、平均19.0点、9.2リバウンド、1.6アシスト

 センターには当然高身長の選手がひしめいているが、高ければいいというわけでもなく、220cm以上で掛け値なしの名選手は少数。224cmのサンプソン、リック・スミッツ、221cmのジードルナス・イルガスカスらが候補だが、さらに高い229cmのヤオを選んだ。

 母国・中国のファンからの圧倒的な支持で、オールスターでは1年目から7年続けてセンター部門の得票1位。格上の選手を差し置いて選ばれた面もあったのは事実だが、実力も確かで平均20点、10リバウンド以上を2度記録。大柄な身体で器用にパスも繰り出した。20代後半以降は故障続きとなり30歳で引退、通算出場試合数は486にとどまったのが残念だった。

 元ソビエト連邦代表で、221cmのアルビダス・サボニスの実力は間違いなくヤオ以上だったが、彼の全盛期はまだ東西冷戦のさなか。NBAデビューは31歳、しかも2度のアキレス腱断裂を経験した後だった。それでも36分換算の通算成績は17.8点、10.9リバウンド。全盛期にNBAで見たかった選手だった。
 【シックスマン】
マヌート・ボル
229cm・91kg
1962年10月16日生
キャリアスタッツ:624試合、平均2.6点、4.2リバウンド、0.3アシスト、3.3ブロック

 NBA史上最長身の選手はボルとジョージ・ミュアサンで、ともに登録上は231cm。実際にはボルの方が4分の1インチだけ低いのだが、故障だらけで通算307試合の出場にとどまったミュアサンより実績面で優る。

 スーダン生まれで、背の高さで有名なディンカ族の出身。体重は91kgしかなく、あまりにも細身のため「巨大な鉛筆」と形容された。85年のドラフト2巡目、全体31位でワシントン・ブレッツ(現ウィザーズ)に入団すると長身を利してブロックを連発。新人ながら平均5.0ブロックという破格の数字でタイトルを獲得、最優秀ディフェンス賞投票でも次点に入った。89年も4.3ブロックで2度目の1位、キャリア平均3.3本はマーク・イートンに次ぎ史上2位にランクされている。

 一方で攻撃力はゼロに等しく、平均3.9点が自己ベスト。ただし88−89シーズンには、成功率こそ低かったものの20本の3ポイントを決めた。引退後、内戦の続くスーダンで平和活動に尽力したことでも名を残している。

文●出野哲也