10月30日、オリックスがヤクルトとの日本シリーズを4勝2敗1分で制し、1996年以来26年ぶりの――2004年の近鉄との球団統合後は初となる日本一に輝いた。

 会見後に行なわれた囲み取材で、チームを日本一に導いた中嶋聡監督は、「昨年のシリーズとは違うかなと。慣れたというか、それはちょっと違う言葉かもしれないですけど、戦い方といいますかね。どうやって入っていくかとか。初めてで戦い方が分からない感じではなかったので、その点ではスッと入れたのかなと。別に緊張してるわけでもないし、そういう感じは最初から受けましたね」と話していた。

 確かに、同じヤクルトとの組み合わせで敗れた昨年の日本シリーズは選手が緊張で硬くなり、シーズン中ではあり得ない失策やミスもあった。2年連続での日本シリーズ進出により、選手たちが頂点の舞台に慣れたことは、日本一の要因の一つだっただろう。
  同様に、昨年と変わったのは選手だけではなかった。中嶋監督の采配も、今年は短期決戦モードに切り替わっていた。日替わり打線はシーズンと同じだったが、第6戦と第7戦は同じオーダーで戦った。その結果、「1番・一塁」でスタメン起用された太田涼が、日本シリーズ史上初となる初回先頭打者初球本塁打を放ち、結果的にこの1点の差が日本一につながっている。

 また、投手の継投も短期決戦を見据えた采配だった。第2戦は4回まで無失点の好投を見せていた先発の山崎福也を「70球あたりから落ちてくる」との理由で降板させ、5回から継投に入った。2番手の山崎颯一郎は2イニングス、宇田川優希、ワゲスパックが1回ずつ担当して、8回までは無失点リレー。9回にはクローザーの阿部翔太が無死一、二塁から、手痛い同点3ランを打たれてしまったが、この試合を引き分けたことで、中嶋監督は「阿部は打たれましたけど、打たれたよりも次またやり返すことを期待してます」と切り替えていた。

 また、今年大卒2年目にして育成から支配下登録された宇田川優希という救世主が現れたこと、そしてベテラン比嘉幹貴が火消し役として復活したことが大きい。中嶋監督と能見篤史投手兼任コーチも、2人の名前を「ポイント」として挙げている。
  2敗1分で迎えた第4戦。オリックス先発の山岡泰輔は粘り強い投球で5回1死まで無失点で抑えていたが、ヤクルトのポイントゲッター塩見泰隆に三塁打を打たれると、監督は迷わず宇田川をマウンドへ送った。これには山岡も首を傾げていたが、「あそこは三振が欲しい場面。他に選択肢はなかった」という指揮官の注文通り、宇田川は後続を連続三振に斬ってピンチを切り抜け、チームの勝利に貢献している。

 また翌日の第5戦では、先発の田嶋が5回に1死一、三塁のピンチを招くと、5番オスナの打席で比嘉がマウンドへ。比嘉は僅か3球でオスナを併殺打で打ち取ってピンチを切り抜けた。その後は一時逆転されたが、第2戦で打たれた阿部が魂のこもった投球を披露すると、1点ビハインドながら平野佳寿、ワゲスパックと勝ちパターンのリリーフ陣を注ぎ込んで、最終回に主砲・吉田正尚のサヨナラ弾で対戦成績をタイにした。

 この時から、ベンチの空気が明らかに変わった。この日は第4戦で2回ずつ投げた宇田川と山崎颯をベンチから外して臨んだ試合だっただけに、第6戦以降の山場に向けて、この2人を温存できたのは大きい。
  第6戦は、シリーズ初戦で負傷したエース山本由伸に代わり、中5日で先発マウンドに上がった山崎福が5回を無失点で抑えると、6回から宇田川、平野佳、山崎颯、ワゲスパックが1イニングずつを無安打無失点リレー。

 さらに第7戦は宮城も5回無失点。8回に山崎颯が4点を失って1点差まで迫られるが、1死から比嘉が火消しに成功すると、最終回はワゲスパックがヤクルト打線を力で寄せ付けなかった。ワゲスパックは当初、先発要員として起用されていたが、同じく新外国人のビドルと入れ替わりで中継ぎに回ったのが見事にハマり、リリーフ陣に厚みを加えた。先発が5回まで投げれば何とかなる体制を構築したのだ。

 昨年の日本シリーズ敗退を踏まえ、「我々はまだ日本で2番目です」という中嶋監督の挨拶から始まった今季は、リーグ連覇の先にある日本一を見据えたシーズンだった。実際、中嶋監督がどこまで計算していたのかは明かさないので謎だが、日本一チームを監督代行時代を含めても約2年半で作ってしまったのは事実だ。今オフは“主砲”吉田の去就やFA補強、新外国人の獲得、現役ドラフトなどが気になるところだが、現体制のもとオリックスがしばらく黄金時代を築くのは決して夢物語ではない。

取材・文⚫︎どら増田

【著者プロフィール】
どらますだ/1973年生まれ。プロ野球では主にオリックスを取材し、週刊ベースボールの他、数々のウェブ媒体でも執筆している。書籍『ベースボールサミット 第9回 特集オリックス・バファローズ』(カンゼン)ではメインライターを務めた。プロレス、格闘技も取材しており、山本由伸と那須川天心の“神童”対談を実現させたことも。