「本当に最終章じゃないですか」――慎重だった階級上げへの葛藤。井上尚弥が“地位崩壊”のリスクがあっても挑むワケ
【PHOTO】ボクシング・井上尚弥が記者会見を実施!4団体王座返上・スーパーバンタム級転向を発表!
これは約2年前の年の瀬に井上尚弥(大橋)が階級上げについて語った言葉だ。当時、アラン・ディパエン(タイ)とのWBA・IBF世界バンタム級タイトルマッチを終えたモンスターには、「近いうちに1階級アップさせるのではないか」という噂が流れていた。だが彼は、世界6階級制覇王者マニー・パッキャオ(フィリピン)を「稀」として、階級上げが容易ではないという持論を口にしたのである
そこから時が経ち、井上は慎重になっていた階級に進む。
昨年6月にノニト・ドネア(フィリピン)との3団体統一戦を制すと、同年12月にはポール・バトラー(英国)を撃破。日本人はもちろんのこと、アジア人としても初の4団体統一王者となった井上は、1月13日にバンタム級の全ベルトの返上を決断。そのうえでスーパーバンタム級へのステップアップも正式に発表した。
数多の猛者と繰り広げた激闘を経て、己が「適正」と語るバンタム級には文字通り敵はいなくなった。それによって階級上げをするのは「バンタム級ではやり残したことはなく、戦いたい相手もいない」と本人が話す通り、もはや必然ではあった。
もっとも、「慎重さ」という点において変わりはない。さしものチャンプも、すべての根幹を成すパワーの違いを埋めるための筋力アップが求められ、トレーニング方法の変化も伴う1.8キロも増す階級での試合には「楽だとは思っていない」と危機感がある。
現時点でスーパーバンタム級の王座に君臨するのはスティーブン・フルトン(米国/WBC、WBO同級王者)とムラドジャン・アフマダリエフ(ウズベキスタン/WBAスーパー、IBF王者)。世界屈指のトップランカーである彼らとの試合が仮にすぐさま実現しても、井上が今までのように圧倒的、あるいは一方的な試合に持ち込むのようは難しいかもしれない。
実際、階級上げによって苦戦を強いられているファイターは少なくない。階級の違いはあるが、ニカラグアの英雄ローマン・ゴンサレスは、加齢による運動量の低下はあるが、フライ級からスーパーフライ級に上げ、コンディション調整に手を焼いている感が否めない。 確立してきた地位やブランド力を失うかもしれない。しかし、そんなスリリングな舞台だからこそ、井上はバンタム級に留まるよりも先の道を選ぶのだ。「もちろん現状でも戦える自信はありますけど、スーパーバンタム級で敵なしと言われるくらいになるにはまだまだ時間がかかると思う」と話した29歳は、こう続けている。
「今、階級を上げたとしてもそれなりに戦えると思うし、バンタム級に上げた時もそういう気持ちだった。でも上げた当時より、年月かけてトレーニングしてきた最後の方、とくにドネア2(2戦目)や前回のバトラー戦は見るからに身体つきが変わってきているので、スーパーバンタム級に上げても、身体をつくるにはそれなりの年月が必要だと思います、そこを見据えてやっていきたいと思います」
「バンタム級で4団体統一が4年8か月かかったように、スーパーバンタム級もそのくらいの年月が必要なのかなと思う。それを考えたらスーパーバンタム級に本当にアジャストして戦っていくには、バンタム級と同じくらいの年月がかかると思う。だからこのスーパーバンタム級が本当に最終章じゃないでしょうか」
具体的に「2、3年先を見てフィットさせていきたい」という井上は、「バンタム級へはスーパーフライ級の1つのベルトを持って挑んでいった。今回は4つのベルトを持って上げるので、かなりの違いがある」と自信も覗かせた。
かつて「適正な階級じゃなければ意味がない」とまで話していたバンタム級から歩みを進める井上。常々体力的な衰えが見え始めてくるであろう35歳での引退を口にしてきた偉才は、残されたわずかな期間で「本当に世界初のことになる」と意気込む2階級での4団体統一を果たせるのか。まさしく偉業への挑戦がついに始まる。
取材・文●羽澄凜太郎
【関連記事】なぜ“適正階級”を離れるのか? 井上尚弥が猛者の待つSバンタムに挑む理由「自分の強さを追い求めていきたい」
【関連記事】「イノウエが世界最高とは思わない」“敵なし”の井上尚弥にSバンタム級王者フルトンが挑発!「パワーを奪ったら何が残る?」
【関連記事】「『じゃあ受けてみろ』って言いたくなる」井上尚弥戦での“亀戦法”への批判にバトラー陣営から反論!「イノウエの打撃は銃声だ」