雪妃真矢の告白。スターダム参戦の意味と“強すぎる嫌悪感”を抱いたジュリアとの遺恨戦に挑む理由「人を裏切って苦しめたり――」
「団体所属していた時からお世話になった方は、絶対フリーになっても大切にしたいと思っていたので、2022年はそういうところから伸びていった縁が多かったです」
21年12月にアイスリボンを離れ、フリーのプロレスラーとなった雪妃は、「団体を離れたから繋がった縁もあります。もともとの縁が広がったプラス、新しく縁ができました」と相乗効果も実感していた。その結果、「プロモーションと団体合わせて24ブランド、試合数も100を超えました。男子女子、団体問わず色々な団体で試合をさせてもらい、自分で企画する興行(Rebelx Enemy興行やNOMADS')もやらせていただいたことも本当にありがたかった。楽しかった」という。
念願の海外での試合も経験し、DDT、全日本、2023年の年明けには「今までで一番大きな会場で武者震いしました」と言う横浜アリーナでのNOAHのグレート・ムタ引退興行といった男子プロモーションにも多く参戦。それにより「女子プロを見ない層にも届けられたことで『ファンになった』と言っていただけて嬉しかったですね」と笑顔が増えた。
「素晴らしく恵まれた一年目だったし、充実していた」。雪妃はフリー初年度は満足度の高いスタートを切ることに成功した。一方で新人時代にブレイクのきっかけをくれた先輩からはアドバイスも受けていた。
「この人間関係を犠牲にしたら私はもっと上に行けるかもしれないとか、この信念を捨てたら私はあの場に出ていけるだろうとか、そういう選択に迫られることは少なくありません。尾崎(魔弓)さんには『あんたは普通だからレスラーとしてはつまらない。悩んでばっかいないで強くなりな!』と結構はっきり言ってくれます(笑)」
しかし「大事にしたいものは譲れない」という雪妃は「結局は自分のエゴではあるから、周りの期待を裏切ることもあると思います。多くの人にとって面白そうでも、身近な人を裏切ることになるかもしれない、嫌な思いをさせるかもしれないと感じたら動けない」と、自身の信念を貫き続けた意義を説く。
「そういうことで逆にお客さんを裏切ってる部分があるかもしれないですし、遠回りになることもあるけど、傍から見たら効率悪いと思われるかもしれないけど、それでも地道に人との縁を大事にしてきたからこそ去年があったのかなという気はしています」 フリーとして2年目を迎えた今年1月3日、雪妃は今まで「出る気がない」と公言していたスターダムのリングに足を踏み入れた。
現在、日本の女子プロレス界で“最大手”と言えるスターダム。雪妃がその檜舞台を拒否してきたのには明確な理由があった。
「そもそもスターダムに上がる気が無かったのは、アイスリボン所属時代にロッシー小川とジュリア選手を憎んだのがきっかけです。身近な人やファンの方々の中にも、本当に傷ついた方を沢山見た。それぞれの立場で譲れない気持ちや事情、回避できないものがあるのは百も承知だったけど、それでも許せなかった」
だが、「レネミーとしてスターダムのトライアングルダービーに参戦しないかという打診が来て、自分自身スターダムに出ないと決めていても、お世話になっている仲間がいるのにエゴを貫き通すべきではないと思いました」と急転直下で参戦を決意した理由を明かした。
「アイス所属時代に私が叛逆を起こして、Rebelx Enemyを組んだんです。その当時、私には私の正義があって、もっと面白くしたいとか、私をぶん殴りに来るような後輩が育ってほしいとか、色んな事があって行動を起こしました。私を『嫌え、嫌え!』と。それでもね、やっぱり孤独で不安で…。
でもラム会長、尾崎妹加、山下りながいてくれた。孤独じゃなくなったのはそういうユニットがあったからなんです。そして団体を出て私はフリーランスになった。仲間を大事にして一緒に戦い、メンバーがRebelx Enemyの名を売ろうって考えてくれているなら一緒に出て行こうと」
「絶対にスターダムには出ない」という決意を凌駕する仲間への想いがあった。雪妃は絆と縁のためにスターダム参戦を決意した。 仲間のために参戦を決めたスターダム。しかし、雪妃の決断に“あの女”が黙っていなかった。「赤いベルト、もしよかったら挑戦どうでしょうか」――憎々しかったジュリアが目の前に現れたのである。
威厳あるシングルベルトへの挑戰。文字通りのビッグチャンスだ。しかし、雪妃は即答ができなかった。ジュリアに強すぎる嫌悪感を抱いていたからだ。
「出来ればなるべく関わらずにいたかった。掘り返したくないから無かったことにしていた。引き抜きの一件があった時、私自身は団体で選手会長だったりチャンピオンだったり自分のポジションで責任を果たすために必死だった時。
好きで入った業界で、どうにか団体を盛り上げたい大きくしたいってモチベーションから『あぁ、女子プロレス界ってクソみたいな業界なんだな』って思いましたよ。当時の精神状態はジュリア選手やスターダムを否定しなきゃプロレスを続けられないくらいでした」
対戦要求から1週間も悩みに悩んだ。そしてこの熟考期間を経て、雪妃はジュリアとのタイトルマッチを受諾した。そこに至るには3つの理由があった。
ひとつはファンの熱だ。「今のスターダムのお客様はきっと当時を知らない方がほとんど。ジュリア選手が大嫌いと公言する雪妃真矢という選手がでかいツラして上がったところで、お客さんには受け入れられないと思っていたんです」と自負していた。
「だけど、1.3にジュリア選手のいるリングに私が入ったら拍手が起きた。あ、ジュリア選手と私がやり合うことを、お客さんが期待してるんだって、向き合わなきゃいけないと感じましたね。見たいものを見せなきゃいけないと闘志が湧きました」
スターダムでは外敵と思い込んでいたジュリアとの一戦。しかし、自分が思う以上に遺恨精算マッチへの周囲の期待が上がっていると感じた。
そして、次は大阪大会後に現れたテキーラ沙弥の存在だ。沙弥は2019年の10月12日に、タッグチーム「バーニング・ロウ」の相方であった後輩のジュリアと組んで、引退試合に臨むはずだった。
しかし台風により興行は延期となり、引退試合を待たずしてジュリアはアイスを離脱。「バックステージに沙弥が現れたというのを見て。たぶん一番しんどかった彼女も踏み出したのだから、ますます私も踏ん切る時かと思いました」と2月4日に電撃和解を果たした2人にも触発された。 そして、自分は封印したはずの扉をこじ開けてきたジュリアへの想いが雪妃にはある。
「ジュリア選手のことを公に批判したことはないし、参戦した時もこちらから喧嘩を売ることはしませんでした。それも、いまさら過去を掘り返して、誰かが心を痛めたり過去を知らないファンの方に嫌な思いさせる必要があるのか疑問だったから。
なので、参戦が決まってあちらが私について批判の記事を上げた時、向こうは火をつけてやろうと思ったのかもしれないけど、こっちは逆に冷静になってしまった。呆れましたね。『あなたが私に恨みを語るの?』って。だから参戦からしばらくはきっとお客様にも伝わる温度差がありましたよね」
正直な心境は抑えきれなかった。しかし、「戦っていく中で状況が変わってきました。こちらが過去を掘り返さなくても、遺恨だ、遺恨だと、自分の意思とは関係なく機が熟していくのを感じた。生モノだから、リアルな感情と生の反応で動きだした」と心が動いた。
「今まで避けてきた過去の記憶、私が無きことにしていただけで、掘り返してみれば戦うのには充分な理由があって。スターダム参戦が仲間の為と思ったのは本心だけど、本能的には、ジュリア選手と向き合う準備が出来たからかもしれないね」
その瞬間、パンドラの箱の施錠は解かれた。
「人を裏切って苦しめたり、悲しませて成功した人間がベルト引っさげて人を見下してくるのはたまったもんじゃないよ。傷ついた当時の仲間やファンの気持ちも勝手に背負って戦います。この一戦に勝利して、みんなの過去の思いを払拭するきっかけになれたら本望だな。そして、彼女の私に対する嫌悪、憎しみや思いもリング上で全て受け取りたいです。プロレスラーだから戦うことでしか何かを残せない。だけどこの試合は何かが残るのかどうかもわからない」
2月4日に行なわれたプロミネンスの鈴季すず対ジュリア戦は、燃えたぎっていた。しかし、今回は「雪妃は静かに燃える青い炎になるかな。もしくは冷徹な氷? 凍傷にご注意ください」と雪妃は不敵に語った。
リング外では縁を大切に生きてきた雪妃真矢。繋がるはずの無かった縁が繋がる3.4のリング。自らのアイデンティティーを貫くため、COOLを越えたCOLDなマインドで、潰す。
取材・文●萩原孝弘