選手たちをヘイトメッセージから守るアプリをフランステニス連盟が導入!「素晴らしいアイディア」と賛同の声続々<SMASH>
「お前の住んでる場所を知ってるぞ。家族全員、ぶっころしてやる」
読むだけで身のすくむこれらのメッセージを、テニス選手たちは日常的に受け取っていると言ったら、信じられるだろうか?
残念ながらソーシャルメディアをやっている選手の下には、ランキングなどに関係なく、このような心無いコメントやメッセージが届くのが現実。そのほとんどが“賭け”絡みであり、損失を被った人たちからの腹いせが大半だ。
とはいえ、これらの罵詈雑言を見て、心が痛まない人はいない。あるいは、そのような知識や免疫のない若い選手なら、純粋に自分に向けられたと思い深刻に受け取るだろう。実際に、ソーシャルメディアのヘイトメッセージなどが理由で、心を病みコートを離れた選手もいた。
もちろん受け取った選手たちも、泣き寝入りをしてきた訳ではない。マディソン・キーズのように、寄せられた文面を公開した上で、「いいかげんにしてほしい」と訴えたトップ選手たちもいる。
それでも一向に改善が見られぬ状況に、今年の全仏オープンは、一つの現実的な対処策を提示した。それが、「悪質サイバーから選手を守るため」のアプリケーションである。
これはフランステニス連盟(FFT)が、IT技術開発会社“ボディーガード”と提携して、選手に提供するサービス。ソーシャルメディアのアカウントを登録することで、AIが不適切なコメントなどをフィルターにかけ、消してくれるシステムだ。
この技術導入に、選手たちはこぞって歓迎の意を表する。女子世界1位のイガ・シフィオンテクは、これまで「大会中はソーシャルメディアをしない」と言い続けてきたが、実際には「大会が終わると評判を気にして、よくソーシャルメディアを見ていた」と告白した。
「私は携帯電話の使い方を学んだその時から、ソーシャルメディアが存在した世代」と自身を定義する21歳は、「本来なら多くの人とつながり人々を幸福にするはずのものが、ネガティブな側面が増えているのはとても残念なこと」と語る。
「だからこそFFTのアクションは素晴らしい」と賛辞を送り、「間違いなくこのアプリを使う」と断言した。
世界7位のオンス・ジャバーは、会見でこのアプリについて問われるまで、存在を知らなかった様子。
「本当に? 知らなかったけれど、それは素晴らしいアイディアね!」
その存在を知ったジャバーは、「ぜひ使いたい。だって私、たくさん(ヘイトメッセージを)受け取っているから」と苦笑いを浮かべて、こう続けた。
「私たちがよく話すのは、私たちは賭けを許されていないけれど、“賭けられる”側にはなり、そのせいでヘイトメッセージや脅迫を受け取っている。そういうものは排除して、ポジティブなエネルギーをもらいたいと思っているもの」
日本の女子単トップランカーの日比野菜緒も、恒常的にヘイトメッセージやコメントにさらされている一人。つい先日、全仏予選の決勝で逆転負けを喫した時にも、ソーシャルメディアには多くの不愉快なコメントが書き込まれたという。それだけに、「さっそくアプリを使ってみようと思います」と言った。
「負けた後は特に、すごい数が来ますね。もう耐性ができているので、さほど気にはしないですが、見て気持ちいいものではないです」
現状をそう語る日比野は、時に、それらヘイトメッセージを“さらす”ことで、同胞たちに注意喚起もしている。
「私は、(奈良)くるみちゃんや(土居)美咲ちゃんから、そういうメッセージを送ってくるのは賭けをしている人だから気にしなくていいよと教わりましたが、知らずにいきなり見たら驚くと思います。私のところに来るヘイトメッセージを公開することで、それを見て『こういう目に合うのは自分だけじゃないんだ、大したことじゃないんだ』って思う選手がいれば、それはそれで良いかなと思います」
アプリを用いてコメントにフィルターをかけるのは、確かに選手の精神的負担を軽減するだろう。ただそれはあくまで弥縫策で、抜本的な解決策ではない。ヘイトメッセージ対策を講じるその一方で、ATP(男子プロテニス協会)は大手スポーツベッティング会社とスポンサー契約を締結している。八百長を持ち掛けられ、加担したため出場禁止等の処分を受ける選手も後を絶たない。
FFTの試みは、いかなる成果を発揮するのか? 他の大会の追随等も含め、今後の動きに期待したい。
取材・文●内田暁
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