2023年、ニューヨークの街はまだ“ベースボールシティ”らしい盛り上がりを見せていない。地元の看板チーム、ヤンキースは故障者が続出しながらも36勝25敗で地区3位とまずまず。地区首位のレイズには遅れを取っているものの、プレーオフに進む可能性は高いだろう。ニューヨークをガッカリさせているのは、ヤンキースと同等かそれ以上のスター軍団になったはずのメッツのエンジンがかかっていないことだ。

 昨季はチーム史上2位の101勝を挙げたメッツにとって、今季は必勝体制で臨んだシーズンのはずだった。先発陣からはジェイコブ・デグロムやリス・バシットが抜けたものの、ジャスティン・バーランダー、千賀滉大、ホゼ・キンターナら実力派が加入。野手陣には目立った補強はなかったが。、もともとピート・アロンゾ、ジェフ・マクニール、フランシスコ・リンドーア、スターリング・マーテイといった実力者たちがずらりと揃っていた。今年こそ大富豪オーナーのスティーブ・コーエンが歓喜するシーズンになると期待したファンは多かったろう。

 ところが、だ。

 シーズン60試合に到達した時点で30勝30敗、首位ブレーブスに5.5ゲーム差をつけられてのリーグ3位。昨季は60試合終了時点で39勝21敗と大きく勝ち越し、地区首位を快走していたことを思い返せば停滞は明らかだ。

「まずはオフェンス面で安定した貢献が得られていない。持っている力を発揮できていないんだ。守備、投手が力を出せていないゲームもある。完璧なプレーはありえないが、まだまだ向上はできるはずだ」
  67歳の老将バック・ショーウォルター監督の言葉通り、攻守ともに緊張感に欠け、リーグ最大級の期待外れチームになっている印象がある。

 課題は多いが、最大の誤算はやはり打線だろう。6月6日時点のチーム打率.242はリーグワースト3位。出塁率.318、OPS.711も同じ順位だ。6月2〜4日の対ブルージェイズでも3試合で計5点しか奪えず、スウィープ負けの要因になった。中でも、打率2割台前半と不振に悩むリンドーアは地元ファンからブーイングを浴びている。

 ブルペンもWBCでの怪我でエドウィン・ディアスが抜け、層が薄くなった感は否めない。デビッド・ロバートソン、ブルックス ・レイリー、アダム・オッタビーノら一部の選手に負担がかかりすぎて、中盤以降に失点するゲームが目立つ。このような厳しい状態であれば、5月25日にニュースサイト『The Athletic』が発表した序盤戦総括では、「C」という厳しい採点がなされたのも仕方がないところではある。

 地元ニューヨークで少なからずのメッツ戦を見てきた筆者が最も気にかかるのは、ファンは苛立ちや焦燥感を感じている一方で、選手の方からそれほどの危機感が感じられないことだ。

「すべてのゲームが重要だ。可能な限り多くのゲームに勝ちたい。いいプレーをして、勝たなければいけないんだ」

 アロンゾはそう述べてはいたが、チーム全体からはいわゆる“sense of urgency(切迫感)”があまり伝わってこない。むしろ、その点が一部のファンのフラストレーションの一因になっている印象もある。
  もっとも、この点は判断が難しいのだろう。今のメッツはベテランが多く、選手たちはシーズンの長さを理解しているはずだ。

 昨季を振り返っても、6月6日の時点でのメッツは38勝19敗だったが、後に地区制覇を飾るブレーブスはまた28勝27敗で、ワールドシリーズまで進出するフィリーズに至っては、25勝29敗と負け越していた。

 メッツの内部にも、少しずつポジティブなサインは見えてきている。最初の43戦では先発投手が6イニング以上を投げたゲームは7度しかなかったが、以降の17試合では10度を数える。バーランダーとマックス・シャーザーが健康を取り戻し、7月中には、左肋骨骨折で離脱中のキンターナも戻ってくる。

 元気のなかった打線にも、フランシスコ・アルバレスやマーク・ビエントス、ブレット・ベイティなどの若手が積極的に登用され、徐々に勢いを取り戻しつつある。特に4月上旬に昇格したアルバレスは、最初の33試合で8本塁打を放ってミニセンセーションになった。

 それに加えて、序盤はやや出遅れたリンドーア、マーテイ、マーク・カナ、マクニールといったベテランにエンジンがかかってくれば面白くなる。エンジン全開とはいえないまでも、これまで勝率5割を保ってきたのだから、後はシーズンが進むにつれてペースを上げ、チーム全体が研ぎ澄まされていけば……。
 「このチームに負けは似合わない。僕自身もそれを思ってマウンドに上がっている。チームの一員にしっかりとなるために、いいピッチングをするという気持ちでマウンドに上がりました」

 5月上旬に千賀が話していた通り、実際にこれだけのビッグネームが揃ったチームがこのまま停滞を続けるとは思えないのも事実だ。

 果たして、ここからペースアップしていけるのか。それともこのままギアチェンジできず、夏の移籍市場でさらなるテコ入れがあるのか。

 安定した強さを誇るヤンキースだけでなく、メッツも強いシーズンにこそ、ニューヨークは本物の熱気を帯びる。ここまで地元を失望させてきた感は否めないが、まだ可能性は残っている。名高い“ベースボール・シティ”をさらに盛り上げるべく、スター軍団の復調に期待したいところだ。

文●杉浦大介

【著者プロフィール】
すぎうら・だいすけ/ニューヨーク在住のスポーツライター。MLB、NBA、ボクシングを中心に取材・執筆活動を行う。著書に『イチローがいた幸せ』(悟空出版 )など。ツイッターIDは@daisukesugiura。