現地時間9月13日、NBAレジェンドのトニー・クーコッチ(元シカゴ・ブルズほか)が自身の新たなドキュメンタリー番組“The Magical Seven”のプロモーションを行なった。

 208cmのサイズでガードのようにスムースなボールハンドリングとシュート力を備え、その軽やかな身のこなしから“ヨーロッパのマジック・ジョンソン”、“クロアチア・センセーション”の異名をとったクーコッチは、1990年のドラフト2巡目全体29位でブルズから指名。ユーゴスラビアとイタリアのリーグでプレーしたのち、93−94シーズンにNBAデビューを果たした。

 守備にこそ難があったものの、オフェンスは一級品で、自由自在にドライブを繰り出し、鮮やかなアシストもお手の物。シュートレンジも広く、勝負強さも持ち合わせていた。

 3年目の95−96シーズンには平均13.1点、4.0リバウンド、3.5アシストをマークして最優秀シックスマン賞に輝き、同年からのブルズの3連覇に大きく貢献。その後フィラデルフィア・セブンティシクサーズ、アトランタ・ホークス、ミルウォーキー・バックスで計13シーズンをプレーし、2021年にはバスケットボール殿堂入りを果たした。
  現在、NBAには100名を超える外国籍選手が所属しており、昨季はギリシャ出身のヤニス・アデトクンボ(バックス)、カメルーン出身のジョエル・エンビード(シクサーズ)、カナダ出身のシェイ・ギルジャス・アレキサンダー(オクラホマシティ・サンダー)、スロベニア出身のルカ・ドンチッチ(ダラス・マーベリックス)と、オールNBA1stチームに4人の海外選手が名を連ねた。

 さらに昨季デンバー・ナゲッツを球団史上初のNBAチャンピオンへ導き、ファイナルMVPに選出されたニコラ・ヨキッチはセルビア出身と、今や海外選手、特にヨーロッパ出身選手抜きにNBAは語れなくなっている。

 90年代以降、一気に国際化が進んだリーグで先駆け的存在となったクーコッチは、現在のNBAを牽引するヨキッチを「素晴らしい」と絶賛する。

「彼は素晴らしい。5、6年前に話したことがあるんだ。身体能力で欠けている部分を見事に補い、バスケットボールの知識とIQを詰め込んだ彼のスタイルが私は好きでね。彼は自分のリズムでゲームをこなしている。彼のキャリアはまだ50%にも達していない。統計的に見て、彼がヨーロッパ出身選手としてベストになるか? たぶんそうなるだろうね」

 211cm・129kgのサイズに抜群のアシスト能力を誇るヨキッチは現在28歳。キャリア8年目を終えた時点でシーズンMVP2回、ファイナルMVP1回、オールスターとオールNBAチームにそれぞれ5回選ばれているほか、レギュラーシーズンの通算トリプルダブル数105回はNBA歴代6位と、驚異的な数字を残している。 もっとも、現時点でヨキッチがヨーロッパ出身として歴代最高の選手かというテーマになると、クーコッチは首を縦に振らなかった。

 クロアチア出身の万能フォワードは、80年代後半以降にNBAで活躍したパイオニアたち、ドラゼン・ペトロビッチ(クロアチア/元ニュージャージー・ネッツほか)、ディノ・ラジャ(クロアチア/元ボストン・セルティックス)、ブラデ・ディバッツ(セルビア/元サクラメント・キングスほか)、アルビダス・サボニス(リトアニア/元ポートランド・トレイルブレイザーズ)をセレクトした。

「彼(ヨキッチ)がベストかって? 私はドラゼン、ディノ、ディバッツ、それにアルビダスが成し遂げてきたことに彼はまだ達していないと見ている。将来的にはそうなると信じているけどね。でももしサボニスやドラゼン、ディノ、あるいは私が今24歳の状態でNBA入りしていたら…。もしテレビでNBAを観て育っていたら、当時よりもずっといい活躍をしていただろうね。しかしその比較は不要か。これはあくまで私の意見であり、なんと言っても時代が違う。結論として、ヨキッチの持つプレーのクオリティとあのサイズは疑いようもないものだ」
  クーコッチが口にしたペトロビッチ、ラジャ、ディバッツ、サボニスは、いずれも殿堂入りを果たしたバスケットボール界のレジェンド。なかでも“伝説のビッグマン”と評されるサボニスは、86年のドラフト24位でブレイザーズから指名されていた逸材だった。

 だが当時は故郷リトアニアのカウナスにある強豪ジャルギリスでプレーしていたサボニスは、その頃リトアニアがまだソビエト連邦の支配下にあるなど、政治的な事情もあってアメリカへ行くことができず。実際に入団したのは95−96シーズンで、30歳の時だった。

 クーコッチが話したように、もしサボニスが20代でNBA入りしていれば、現在のヨキッチのようにリーグを支配し、NBAの歴史は変わっていたのかもしれない。それでも、彼らがヨーロッパ出身選手たちへの扉を開き、ダーク・ノビツキー(ドイツ/元マーベリックス)やパウ・ガソル(スペイン/元ロサンゼルス・レイカーズほか)、トニー・パーカー(フランス/元サンアントニオ・スパーズほか)といった2000年代以降に活躍した後進へ、大きな影響を与えたことは間違いない。

文●秋山裕之(フリーライター)