小池百合子東京都知事の写真集『小池百合子写真集 YURiKO KOiKE 1992-2017』(双葉社)が6月14日発売以来、話題となっている。初版1万5000部、6月26日付オリコン週間“本”ランキングの写真集部門で、アイドルの写真集を抑え1位を獲得した。政治家の写真集としては異例のヒットで7月上旬で発行部数は2万部を突破した。

 長年、報道に携わってきた写真家、鴨志田孝一氏が25年に渡り撮り続けた。ニュースキャスターから転身し、政界入りした小池氏を一貫して追い、自宅や入院中のプライベートショットなども含んだ全130点は、まるで個人のアルバムを覗き見ているかのよう。小池氏から提供された少女期、学生時代などの秘蔵写真も収められており、もはや”半生記”と言ってもいい内容だ。鴨志田氏に話を聞いた。

「警戒」から「信頼」に変わるまで

 「最初は嫌われていたというか、警戒して距離を置かれていましたよ。あのころ私は写真週刊誌『フラッシュ』のカメラマンだったので、キャスターから転身した美形の小池さんはかっこうのターゲット。”女”を意識させる写真をいかに撮るかが勝負でしたから」

 当時は3F時代と呼ばれ、『フラッシュ』『フォーカス』『フライデー』と写真週刊誌3冊が激戦を展開していた。

 「たとえば記者会見の写真でも、他社のカメラマンはみんな小池さんの座る正面に陣取っているわけですが、私は小池さんの座る横方向に回り込み、スカートからのぞく美脚が強調されるようなアングルを狙うわけです」

 もちろんその写真も写真集に収録されているが、それでは警戒されて当然かもしれない。

 しかしその後、掲載誌が出るたびにそれを持って事務所に通うなどコミュニケーションをとるうち、警戒は信頼へと変わっていく。

 98年、子宮筋腫で入院した際はアポなしで見舞いに行き、ノーメイクのプライベートショットを撮らせてもらうほどになった。さらに2001年には、PLO(パレスチナ解放戦線)のヤセル・アラファト議長(当時)を訪れる小池氏に誘われ、同行したという。

 「防弾ガラスのものものしい車でガザ地区に入ったんですよ。アラファトさんが現れるまで食事もとらず10時間ほど待たされたのもいい思い出です」

 写真家と被写体としての信頼関係の強さを感じさせるエピソードだ。