人口減少が始まった日本、とりわけ地方の自治体には集落の存続さえ危ぶまれているところも出てきている。そんな中、人口増加、地域活性化のモデルとして注目を集めている町がある。

 北海道中央部に位置する東川町、田園風景が広がる人口約八千人の小さな町だ。長く写真という文化を通じて町おこしをしてきた「写真の町」としても知られているが、地場産業のひとつ、旭川家具の職人が多く在住する「木工の町」でもある。

 東川町では生まれてくる赤ちゃんに、有名なデザイナーがデザインし、地元旭川家具の職人が製作した椅子をプレゼントする「君の椅子」プロジェクトに取り組んでいる。椅子は出生届が出されてから製作に取りかかる。毎年デザインが変わり、コンセプトも違う。ひとつひとつに番号、名前、生年月日が刻印される「世界でたった一つの椅子」。

 ひとつの椅子の贈り物がまちにどんな効果をもたらしたのか、東川町を訪ねた。

 「君の椅子」プロジェクトは、2006年にスタートし、今年で12年目を迎えた。東川町に始まり現在、同じ道内の剣淵町、愛別町、東神楽町、中川町、そして長野県売木村が参加している。これまでに贈呈されてきた数は東川町で590脚、6町村の合計で1,282脚になる(2016年末現在)。

 各界で活躍する有名デザイナーによるデザインと、家具の製造において高い技術を持つ旭川家具の職人によって生み出された椅子は口コミで広がり、今では君の椅子が欲しくて東川町に移住してきた家族もいるという。

 プロジェクトの趣旨に賛同した参加自治体以外に住む全国からの声に応えて、2009年には「君の椅子倶楽部」を発足。個人で「君の椅子」希望者に参加費用の負担にて、同倶楽部より椅子を届けている。

きっかけは赤ちゃん誕生を知らせる「一発の花火」の話

 「君の椅子」プロジェクトは、旭川大学大学院で客員教授をしていた磯田憲一さんが、かつて学生たちと地域コミュニティーについて交わしたゼミの会話からスタートしたという。そのきっかけを磯田さんに伺った。

 そもそもは、秋田大曲の壮大な花火大会に感激した学生の話を発端に、北海道のとある小さな町の花火の話題になった。その町では、赤ちゃんが生まれると一発の花火を上げて町民に知らせる。

「地元の人たちはこの花火で、どこかで赤ちゃんが生まれたんだなぁと思う。たった一発の花火かもしれないが、この町では都会の何万発の花火にも負けない意味のあることなんじゃないか」。

 同じように、役場に届けを出した人が小さな椅子を抱えて出てくる、そんな光景を目にしたら、「うちの町に、また新しい生命が誕生したんだ、おめでとう」と思うのでは …… 。

 貧しいけれどお互いに助け合い支え合う、そんな「向こう三軒両隣」の精神が息づいていた地域社会が失われつつある。それを取り戻すには時間がかかるかもしれない。たとえ小さくても、自ら出来ることを少しずつ積み上げていくしかない。