そのボクシング人生に悔いはない。
「思い残すことはない」
 内山は、昨年4月の暫定王者、ジェスレル・コラレス(パナマ)との防衛戦で2回に衝撃KOで敗れ、WBA世界Sフェザー級タイトルの連続防衛記録が「11」で途絶えた。「リベンジをしたい」と再起を決意、大晦日にダイレクトリマッチでコラレスに挑んだが、ダウンを奪いながらも、1−2の判定で敗れて王座復帰はならなかった。

「負けたと思った。あれは実力の結果。コラレスとは相性が悪い。試合後、何もなくなったなあと感じた」。
 ツイッターで引退を表明した元WBC世界Sフェザー級王者の三浦隆司とは同じ階級で、KO率の高さも似ているが、一方は海外で名を残し、内山は海外進出のチャンスを逃した。悲運でもあった。
 だが、内山は、それに関しても「後悔はない」という。
「今は海外での試合が多くなった。三浦、亀海も今度コットとやるし凄く楽しみなカードが増えた。僕はやりたかったが、ケガも多かったし、タイミングがうまくいかなかった」
 
 埼玉の花咲徳栄高校からボクシングを始め、拓大に進んだ当初は、補欠だったが、練習と努力で全日本で優勝するまでになり、卒業後は五輪出場を目指した。予選で敗れ、一度は引退を決意するが、ワタナベジムの熱心な誘いを受け、25歳でプロ転向、2005年7月にプロデビューした。

「高校時代からボクシングを始めたが、まさか世界チャンプは頭になかった。25歳でプロ転向して、11度も防衛できたことは、思った以上のものを達成できた。僕をこの場所まで上げてくれた会長、トレーナー、仲間、応援していただいた方々への感謝したい」

 プロ転向に生前の父は反対した。
「オヤジとは世界チャンプになることを約束してプロに入った。オヤジが生で試合を見ることがなく亡くなったけれど、2010年に約束を果たせた」
 東洋タイトルを獲得した内山は無敗のまま14戦目で、2010年1月、東京ビッグサイトでWBA世界Sフェザー級王者、フアン・カルロス・サルガド(メキシコ)に挑戦。12回にTKOで世界のベルトを奪取した。
「そこからは、趣味というか、好きなことをやらせてもらった。どこまで強くなるか、戦いながらそれを見極めたい。欲でやってきた、それなりに達成できた」