今年1月、「石原軍団」の愛称で親しまれてきた石原プロモーションが解散し、その業務を終えた。そんな中で今なお、現役バリバリのダンディな魅力を発散させ、今春、出演した映画「ヤクザと家族 The Family」も公開されたのが舘ひろしだ。意外にも初めてのヤクザ役だという。

■「恐ろしいほどの大物になるか、とんでもなくダメになるか」意外な俳優デビュー前

舘ひろしは、医者の家に生まれた。将来は医者になることを期待されていたが、医学部の受験に失敗し、医者になれない現実を突きつけられた。

それが最初の転機だった。「あとはもう“どうにでもなれ”という人生」(「クランクイン!」2018年5月6日)だったと自嘲する。舘は建築家を目指し大学に通う傍ら、原宿のジーンズメーカー「GRASS」でバイトを始める。その同僚にのちのドン小西がいた。

舘はそこで、あべ静江や山本リンダの服をオーダーメイドでデザイン。ミュージカル「HAIR」の舞台衣装も担当。早朝、小西が出社すると、バイクの上で裸になり、サンオイルを塗って日焼けしていたこともあった。

それを見た小西は、「恐ろしいほどの大物になるか、とんでもなくダメになるか」と思ったという(「太田上田のカメラ回さないので見せてもらっていいですか?」2020年1月4日)。そんなバイク好きの舘はやがて岩城滉一らとバイクチーム「クールス」を結成。キャロルの親衛隊として名を馳せ、ボーカルとしてレコードデビューも果たした。

■「西部警察」が転機に

1975年に俳優としてのキャリアをスタートさせたが、当初は割の良いバイト感覚だったという。大きな転機となったのは、「西部警察」(1979年〜1982年、テレビ朝日系)だった。自ら「オートバイに乗った刑事」を提案し、「銃を片手で撃ってくれ」と指示されると、どうせ撃つなら片手より両手で撃ったほうがカッコいいと、走るハーレーにまたがったハンドルから両手を外し銃を構えるという舘ひろしの代名詞となる名シーンが生まれた。

当初、半年間という約束で出演したため、彼が演じた巽は半年で殉職したが、その後、まったく別人の鳩村という役で呼び戻されるという、自分でも「そんなことがあっていいのか」という珍しい復帰の仕方をしている。

そんな「西部警察」は「とても楽しかったし、僕を成長させてくれました」と振り返る一方で「何より、この作品で渡(哲也)と出会えたことに意味がある…その一言に尽きます」(「MY J:COM」2015年9月30日)と語っている。

それまで役者の先輩といえば、挨拶しても横柄な態度をとる人ばかりだったが、渡だけはわざわざ立ち上がって握手をし丁寧に挨拶してくれた。そんなこともあって、いつしか渡を「お館(やかた)」と呼び慕い、役者の仕事に邁進するようになった。

■渡哲也さんの存在が支えに

芝居の基礎を学ばずにこの世界に入ったことがコンプレックスだった舘に渡は「ひろし、お前には華がある」と褒めてくれた。その言葉が大きな支えになったという。また、鳩村として戻ってきたときには、「ひろし、最近、芝居がうまいな」と怒られたという。うまい小芝居ではなく、人生丸ごとで演じろという意味だった。

彼との出会いからしばらく経って、舘は石原プロの小林正彦専務から「うちに来ないか」と誘われる。意外にも「西部警察」が始まった頃はまだ舘はフリーだったそう。このことを渡に相談すると「ひろし、この話は俺が預かった」と一言。

実は、渡は舘の石原プロ入りには反対だった。「渡さん自身も石原プロに入って自分のやりたい仕事ができなかったりして『お前にはそういう苦労はさせたくない』と」。だから、石原プロと条件闘争をしてくれたのだという。「『お前がうちに来てツラいこともあると思うけど、傷を舐めあって行こうな』って(笑)」(「サワコの朝」2021年1月9日)

■「あの作品のおかげで今の僕がある」イメージを一新した作品

硬派でダンディな役柄が多かった舘は2007年に「パパとムスメの7日間」(TBS系)に主演。新垣結衣演じる娘と人格が入れ替わるというコメディでそのイメージを一新させた。

「あの作品のおかげで今の僕がある」(「日刊スポーツ」2021年1月31日)という。そして、映画「終わった人」(2018年)でモントリオール映画祭・最優秀男優賞を受賞。その際、「おい、ひろし」と渡から電話がかかってきた。「よかったな。俺ら石原プロは、石原裕次郎はじめ、みんな大根だけど、お前は大根に花を咲かせてくれたな」と(「徹子の部屋」2019年2月11日)。

うまい芝居ではなく、人生丸ごと演じてきたからこそ、花を咲かせることができたのだ。


文=てれびのスキマ
1978年生まれ。テレビっ子。ライター。雑誌やWEBでテレビに関する連載多数。著書に「1989年のテレビっ子」、「タモリ学」など。近著に「全部やれ。日本テレビえげつない勝ち方」

※『月刊ザテレビジョン』2021年4月号