V6のメンバーで俳優としても活躍する岡田准一が、6月13日放送の「日曜日の初耳学」(毎週日曜夜10:00-10:54、MBS/TBS系)で林修と対談。その後の人生観を決定づけたデビュー当時の借金エピソードを、メディア初告白した。

■三宅健のパンツ拝借の過去

1995年、14歳の時にバラエティー番組「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」(1985〜1996年、日本テレビ系)のオーディション企画に応募したことがきっかけで芸能界入りした岡田。

同年、V6の最年少メンバーとしてCDデビューを果たし、以後26年連続でシングルチャートのトップ10入り。同時に、本格アクションのできる稀有な俳優としても存在感を発揮し、6月18日(金)公開の映画「ザ・ファブル 殺さない殺し屋」でもアクションシーンに自ら挑んでいる。

そんな岡田について、林先生が「“体幹がブレない”ことが、“生き方がブレない”ことにつながっている」と評すると、岡田は「『自分自身がどう生きるのか』っていうことを優先順位として高く持っていないといけない、とは若い時から思っていた」と、自身の生き方について語り始めた。

14歳当時から「ずっと辞めることを考えていた」という岡田。14歳でデビュー後、大阪から上京し、都内の高校に進学したが、「高校のお金を借りたんですよね、事務所から」と、当時の進学費用を事務所から借り受けたことをメディア初告白。

14歳の時にその年齢としては多額な借金を抱えたことが、人生に向き合う覚悟につながった。「借金感覚があったので、人よりお金を使う感覚が怖くて。現実的に辞めるとか、お借りしたお金を返せるかとか、自分には何ができるんだろう、みたいなことを若い頃からすごく考えていた」と打ち明けた。

そして「借金があるから、メンバーのパンツとか盗んだりしながら(笑)。パンツを買うお金がないっていうか」とおちゃめなエピソードも披露。

「東京に来て三宅(健)くんのパンツを見た瞬間に『こんなパンツあるんだ』って思ったんです(笑)。すごく格好良く見えて、はいてみたかった」と、メンバーの三宅健が使っていたおしゃれなパンツを拝借。「(三宅くんは、パンツを)買ってくれました。『俺のはくなら、これはいて』って(笑)」と、メンバーとの思い出も笑いながら振り返った。

■「一人でも欠けたらV6はV6じゃない」

デビューのきっかけになった「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」のオーディション企画には、その三宅と、もう一人“カミセン”ことComing Centuryとして活動することになる森田剛も審査員として参加していた。

オーディション当時について、林先生は岡田本人も知らなかった秘話を入手していた。

林先生が「『元気が出るテレビ』のスタッフから聞いた話なんですけど、岡田くんは当初、(オーディションの候補に)入っていなかったと。ところがジャニー(喜多川)さんがわざわざ制作会社にやってきて、『この子』っていうふうに(岡田くんを)選ばれたそうです」と明かすと、岡田は「僕が? へぇ〜」と驚いた様子。

「僕、オーディションで歌えなかったんですよ。緊張しすぎて。落ちたなって思っていたら『合格』って。歌えなかったっていうのが印象的だったみたいで。森田くんや三宅くんに聞くと『この子だな』と思ったとは言ってくれたんですけど」と、当時を回想した。

スタジオで見守っていた事務所の後輩・中島健人(Sexy Zone)は、このエピソードに感じるものがあったよう。「ジャニーさんって、完成された人を選ばないんです。未完成を選ぶんですよ。それこそ岡田くんが『歌えなかった』っていうのも、ジャニーさんは『この子は来る』っていう先読みをしたっていうか。審美眼がものすごい方ですね」としみじみ。

岡田は「僕ら世代って、全員いないとグループではないよなっていう感覚がちょっとある世代だと思いますね。一人でも欠けたらV6はV6じゃないっていう感覚がすごく強くて。会話の中にも出てきていたし。『一人でも辞めるんだったらV6はなくなるよね』『(誰か一人でも)辞めるんだったら続くことはないよね』って(話していた)」と打ち明けた。