NHK大河ドラマ「青天を衝(つ)け」で徳川昭武を演じる俳優・板垣李光人が7月5日、国指定重要文化財の「戸定邸・庭園」(千葉県松戸市)を訪問。凛々しい陣羽織姿を披露した。「戸定邸」は、徳川昭武が明治17年に建築した邸宅。7月3日が昭武の命日であることから、訪問の運びとなった。

当日は、戸定邸に併設されている「戸定歴史館」で開催中の特別展「幕府再興とパリ万博−1867・運命の転換点」を、同ドラマの時代考証として参加している戸定歴史館の齊藤洋一名誉館長の説明を受けながら観覧。

続いて、板垣は戸定邸内に移動し、徳川昭武が海外渡航時に着用した陣羽織(同歴史館に展示中の複製)に袖を通した。本展示品の着用は板垣が初めてで、着用後は「陣羽織は長い時間をかけて研究されて、つくられたもの。羽織ってみると物自体は軽いですが、歴史の面での重みを感じました」と感想を述べた。

その後、東屋(庭園内の建屋)に移動した板垣は、松戸市の本郷谷健次市長と齊藤名誉館長とともに鼎談を行った。大河ドラマの出演が決定したときの気持ちについて尋ねられた板垣は、「初めて出演した『花燃ゆ(2015年放送)』のときは、まだ大河ドラマに出演することの重さをわかっていなかった。19歳でまた大河ドラマに出演し、歴史を生きてきた人々、日本を作ってきた人々を自分が演じることの責任を感じています」と語った。

また、齊藤名誉館長から所作の美しさや気迫の込め方など、「人から聞いた情報だけでなく、自分がどう感じたかを通して演じているのがすごい」と絶賛された場面では、笑顔を浮かべていた。

最後に、「織田信長など有名な人物は、これまで多くの方々が演じられていますが、徳川昭武はそうではありません。そういう意味で、昭武のイメージをつくる最初の俳優という責任を感じています」と、昭武として演じることの重みについて語った。また、「昭武として大河ドラマを経験させてもらえたことは、今後の俳優人生の自信につながると思います」と述べた。

[HEAD]板垣李光人インタビュー[/HEAD]
ーー今回「戸定邸」にあらためて来てみていかがですか?

昭武として過ごした期間があるからか、撮影前に来たときよりもちょっと懐かしい感じがするというか、前回とは少し違う感じです。

ーー演じるにあたり、どのような役作りをしましたか?

時代劇には所作があります。基本となる所作をおさえながらも、昭武の動きも考える必要がありました。普通のドラマだとそこまで動きを考えることはないですが、時代劇ならではの動きの作り方でした。

――日本の代表としてパリへ向かう場面では、どのような気持ちで演技しましたか?

「大河ドラマで昭武役を演ずる重圧」と「国を背負う重圧」、規模は異なりますが、どちらにも責任という意味で相通じるところがあります。その時に自分は重圧を感じていたのですが、昭武は慶喜から「次の将軍」として見据えられていたほどの人物ですから、重圧が出過ぎないように演じました。

ーー海外にいる間に幕府がなくなってしまうという、短い間に情勢が変わる激動の時代だったと思います。昭武が日本へ戻ってくるときの気持ちをどう表現しようと思いましたか?

昭武は、パリにいるときに日本がどうなったかを知ります。彼は常に先を読んでいるし、読めていますから、パリにいる間もあまり動じません。そこを大事にしました。帰国後のシーンもすごく素敵になっているので楽しみにしていただきたいです。

ーーフランスに行っている間に幕府が倒れてしまう運命についてどう思いますか?

あの年齢で日本を背負って海外に行くなんて考えられません。自分だったら絶対無理だと思います。何千里も離れた異国で、いろいろと起こっている日本に何もできないもどかしさを感じながらも、それでも前を向いて進んでいこうとするのはとても魅力的。尊敬するところです。

ーー昭武の役を演じて、今後、役者として彼から取り入れたいことはありますか?

昭武のスケールが大きすぎるので、学ぶ姿勢や、大変な状況で帰国してからもしっかりと生きていこうとする気の持ち方は大事にしたいと思います。

ーー前回の放送回から本格的にドラマに登場しました。感想はいかがですか?

いつも見ているオープニングに自分の名前が出ているのを見て「おっ!」と思いました。撮影しているとあまりわからないですけど、自分がその世界の中にいるというのは嬉しく感じます。

ーー「青天を衝け」をご覧になっている方々に一言。

パリを表現したCGですとか、幕府がなくなったときに昭武や渋沢たちはどうするか、渋沢との関係はどうなるのかなどを楽しみにしてほしいです。外国に行くという印象的なブロックは、「青天を衝け」をすべて見終わったあとにも心に残ると思います。