悪性リンパ腫の治療に専念していた私立恵比寿中学の安本彩花が7月16日、メディア復帰を果たした。実に279日ぶりとなる活動再開のステージに選んだのは、様々なアーティストが“一発撮り”のパフォーマンスを披露するYouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」だった。

■エビ中・安本彩花復帰の生歌唱に反響

昨年から悪性リンパ腫のため芸能活動を休止し、今年4月に寛解と診断されたことを公表していた安本。7月16日に「THE FIRST TAKE」で公開された動画では、緑色のベリーショートのヘアスタイルで登場。先にマイクスタンドの前で待っていた真山りか、星名美怜、柏木ひなた、小林歌穂、中山莉子から「おかえり」と声をかけられると、「ただいま」とはにかんだ。そして、6人でアルバム「エビクラシー」収録曲「なないろ」を熱唱した。動画の再生数は7月28日時点で150万回を超え、YouTube急上昇ランキングにも長らくランクインしていた。

コメント欄を見てみると、既存のファンの声はもちろんのこと、以下のように、エビ中にこれまであまり注目してこなかったと思われる視聴者からも「エビ中のことも曲も全然知らないけど、すごいいい曲だな」「みんなのこと何も知らないのに、ぼろぼろ泣いてました」などといったメッセージが多数寄せられている。

150万回以上も再生され、その中の何人もの人が彼女たちの楽曲の良さ、魅力を新たに認知したのであれば、「THE FIRST TAKE」を復帰の場に選んだことは成功だったと言っていいだろう。


大きな反響を呼んだ要因として、「THE FIRST TAKE」が確かなパワーを持つ情報発信媒体であることも当然無関係ではない。「一発撮りで、音楽と向き合う」というコンセプトのもと、2019年11月に誕生した同チャンネル。これまで、adieu(上白石萌歌)、YUI、秦基博、優里など、幅広い世代のアーティストが出演し、チャンネル登録者数は7月28日現在で472万人を数える。

「THE FIRST TAKE」のクリエイティブ・ディレクションを務めるアートディレクター・清水恵介氏によると、「ライブで体験するような“再現性のない音楽の楽しみ方”にこそ、価値があるのではと思い、一発撮りで音楽に向き合う企画をたてた」とのこと。

清水氏が言うように、“一発撮り”というギミックを用いたことで収録済の映像でありながら、ある種のライブ感を生じさせることに成功し、歌い手から伝わる真剣勝負の雰囲気が、「THE FIRST TAKE」を唯一無二のものたらしめていると言える。

■「Mステ」がこれまでに果たしてきた役割

こうした「ライブで体験するような再現性のない音楽」を楽しめる、地上波でレギュラー放送中の音楽番組といえば、「ミュージックステーション」(テレビ朝日系)が挙げられる。1986年10月にスタートし、今年で35周年を迎える同番組。サザンオールスターズやMr.Children、B'z、スピッツなどの国内の大物が度々出演し、加えて、エアロスミス、オアシス、ジャスティン・ビーバー、ビリー・アイリッシュなど海外のビッグネームも生パフォーマンスを披露し実績があるなど、ラインアップの豪華さは他に類を見ない。

また、2003年にはロシアのアイドルデュオ・t.A.T.u.が起こした伝説の“ドタキャン事件”を筆頭に、生放送ならではのハプニングが頻発することでも知られ、ニュース性にも富んでいる。もちろん、放送開始時から現在に至るまでの35年間、数多くの音楽番組が生まれては消える中で、アーティストの新曲披露の場としての役割を果たし続けていることも見逃せない。こうした歴史の上積みと話題性によって「Mステ」は、日本音楽番組における権威的立場を確立していると言っていい。


かつて生放送形式の音楽番組はテレビの主役だった。「夜のヒットスタジオ」(フジテレビ系)、「ザ・ベストテン」(TBS系)、「ザ・トップテン」(日本テレビ系)など、様々な音楽番組が毎週茶の間をにぎわせていたが、80年代後半から視聴率の低下が目立つようになり、次々と終了していった。現代の音楽番組における権威である「Mステ」も、近年は視聴率低迷に苦しんでいる。

こうした状況の中、音楽を届けるプラットフォームとして「THE FIRST TAKE」が果たす役割は大きい。

映像の視聴スタイルとして、テレビはフロー型であり、YouTubeはストック型だ。フロー型であるテレビ番組を視聴するためには、決められた放送時間中、テレビの前にいなければならない。もちろん、テレビ番組は録画や見逃し配信でも楽しむことは可能だ。しかし、ドラマやバラエティであればリアタイ視聴でなくてもその鮮度は保てるが、生放送の音楽番組となると、ライブ感がどうしても薄れてしまう。
■臨場感を味わえる「THE FIRST TAKE」

一方で、「THE FIRST TAKE」は、ストック型のYouTubeにおいて、いかに再現性のない音楽を表現するかという課題と向き合い、“一発撮り”という解に至ったプログラムだ。つまり、いつでも視聴できる状態にありながら、生放送番組のような臨場感を味わえる仕様のコンテンツなのだ。しかも、アーティスト1組につき1曲を歌うというスタイルを採用している関係上、動画1本の再生時間は数分程度。長尺よりも“切り抜き型”を嗜好するいまどきのニーズにもマッチしている。

その結果、「DISH// (北村匠海) - 猫 / THE FIRST TAKE」、「LiSA - 紅蓮華 / THE FIRST TAKE」、「YOASOBI - 夜に駆ける / THE HOME TAKE」と、再生回数1億を超える動画を3本も輩出することに成功しているのだ。

「THE FIRST TAKE」は、現代のネット文化において圧倒的な影響力と話題性によって、今後もアーティストによるなんらかの発表の場・お披露目の場として活用され、“YouTubeのMステ”のような立ち位置を確かなものにしていくに違いない。