■俳優・髙嶋政宏の“ものづくり”に懸ける信念に迫る

世界の名匠・黒澤明監督の不朽の名作を、三池崇史監督演出により舞台化した「醉いどれ天使」に挑戦する髙嶋政宏。芸能界屈指の‟グルマン“としても知られる髙嶋に、今日に至るまでの‟食”の原点やこだわりを伺いながら、自身の俳優哲学や今回の舞台に懸ける思いなど、さまざまな話を3週にわたってお届けするインタビューの第3回。

第1、2回に引き続き、訪れているのは唯一無二のジビエ料理を提供するビストロ「ELEZO GATE(エレゾゲート)」。最終回となる3週目の料理のテーマは「野生を内包する食材づくり」。飼育法にこだわった豚を使って作られた料理を味わいながら、俳優・髙嶋政宏の“ものづくり”に迫った。

■こだわりの飼育法で育てられた豚もELEZOの魅力

■5皿目:ELEZO放牧豚のハムとサラミ
料理も終盤に差しかかったところで、「ここに来て出ますか、シャルキュトリー(食肉加工品全般の総称)が」とニヤリ。放牧豚のハムとサラミ。それは髙嶋の思い出の一品でもあった。

「(ELEZOが拠点にしている)北海道の豊頃町に行ったとき、ちゃぶ台とストーブがあるような…言ったら合宿所みたいな食卓で、手作り感満載のが出てくるのかと思ったら、想像を絶する洗練されたシャルキュトリーのひと皿が出て、もう衝撃だったんですよ。衝撃の原点です」

ELEZOは鹿肉がメインだが、豚肉にも注力している。「豚を育て始めて10年。やっと確立し始めました。一般的な豚は6〜8カ月程度の生育期間ですが、ELEZO放牧豚は1年半。蒸した野菜を主体に餌を与えることで肉や脂に雑味がつかない清らかな味わいが担保され、傾斜のある丘や山林でたくさん駆け回り筋繊維を発達させ、本来の旨みを存分に高めています」と高橋和寛シェフ。

「これ(ハム)が一番好きなんですよ。妻のシルビア(・グラブ)はサラミ。僕はプロシュートより火の入ったもののほうが好きかもしれない。学生の頃、飲み屋で普通のハムにマヨネーズだけつけて食べていたからかな。ヨーロッパ人のシルビアはそういうハムを食べたことがない。魂の中に日本のハム。あれがあるんですかね」

■6皿目:ELEZO放牧豚のロースト
最後の一品はステーキ。分厚く切られた豚の肩ロースをこんがりと焼いていく。その様子を眺めながら、「最後に、このポーション! すごいよねぇ」と感心する髙嶋。目の前で切り分けられた肉の断面の絶妙な火入れ具合に「色が美しい…」とため息。上品に食べ進める。

「何でだろうな、これ。おなかいっぱいなのに食べられちゃう。ローズマリーがいいよね。塩味(えんみ)の塩梅がたまらない…。そして野菜がうまいんだ。ジャガイモは本当にうまい。甘さがサツマイモを超えてる」

食べ終わると「しみじみすごいなぁ。感動しますよ、ここにたどり着くっていうことに」と充実感に浸っていた。

■芝居で大事なのは“客観性”「要は“できればいい”世界」

鹿肉しかり、今回の放牧豚しかり、「ELEZO」は、徹底したこだわりをもって食材づくりに取り組んでいるが、では、俳優・髙嶋政宏は、どんなふうに“ものづくり=芝居”をしているのだろうか。作品とのファーストコンタクトは非常にシンプルだった。

「僕、舞台とかのお話をいただいて、出演を決めるときって、台本を読まないんです。誰が脚本を書いて、誰が演出して、タイトルは何、で『これ面白そうだな』って思って、出るって決めちゃう。そのあと初めて台本を読んで愕然とするときもありますよ。えー、こんなにセリフいっぱい…って(笑)。でもほとんどハズれてないんです」

そして、究極の答えにもたどり着いた。

「どんなにすごいセンスの持ち主でも、役者はセリフを覚えていなかったらアホ扱いなんで。寝ないでセリフを覚えてても、朝まで飲んだくれてても、『できればいい』っていう世界。それしかない。“何となく”はないんですよ。そこですよね、ポイントは」

若い頃は、事務所の色や風潮にとらわれ、“勘違い”もしていたと振り返る。そんな中、舞台「王様と私」(1998年)に出演した際、演出家に言われた言葉が髙嶋に突き刺さった。

「今もなんですけど、事務所が東宝芸能なので、20代の頃は、最初は三船敏郎さんとか高倉健さんに憧れてたし、周りからも『男は黙って、だぞ』みたいに洗脳されていたんですよね。あんまりしゃべるな、って。だから、ボソボソしゃべったり、自分の感覚でしゃべったりすればいいと変な勘違いをしてたんです(笑)。でも、役は毎回違うし、舞台だったら内にこもっているとお客さんには全然通じないんですよ。『王様と私』の演出家の先生に『いや〜、非常に勢いがあっていいんだけど、今の君の演技だと何言ってるか分からないし、内にこもってたら、お客さんに何も伝わらないから』って稽古場で言われて。それで目の前が真っ暗になりました。『そうかぁ…今まで映画とかドラマの撮影で、(自分の)内にガーッと入ったら気合入ってるように見えたけど、それだけじゃダメなんだ』と。自分でずいぶん準備してきたつもりが、何も準備できてなかったんだなぁ、って。そのあと、美輪(明宏)さんの舞台に出るようになったら、もっとですよ。『この声はこのトーンで! 首の角度こう! 足の位置これ! 体の角度はここ!』とか。すごく厳密なので、ずいぶんと大変でしたけどね」

さまざまな経験を経て、一番重要なのは「客観性」だと気づいたという。とにかく何よりも“どう見えているか”ということだけが本質なのだ、と。それをずっと学んできた。

「それにはもう、ただただ信じられる人と、現場で作っていくしかない。そして、お客さん、視聴者がどう感じるかがすべてなんですよね。以前、ミュージカルのときに風邪ひいちゃって、声が出なかったことがあって。結構高いキーが多い作品だったんですけど、全部1オクターブ下で歌って、『ダメだな、こんなことじゃ』って思ったら、楽屋口でファンの方が『今日の役、重厚でした!』って(笑)。そんな風に助けられることもありますね」

また、20代の頃には、疑り深くなって、悩みすぎていたのだとか。

「監督がOKって言っても『今のは本当はダメなんだけど、アイツだったらこの程度かな、っていうのでOK出してんじゃないのか…?』とか、そんなことばっかり考えてましたね。そういう俳優、意外と多いですよ。冗談のつもりで監督が言ったのを真に受けて、『俺のことバカにしてんだ』って陰にこもっちゃうとか。いろいろあるんです(笑)。俳優って非常に微妙な感情の職業なので、ちょっとしたことで被害妄想になっちゃう。でも最近は、いま自分にできる精一杯のことをやったし、もう監督がOKって言ったらOK。そんなことより次のシーンのこと考えないと、って。そういう心にようやくなりましたね」

■“食”を追求する楽しさを感じるのは「進化していくものだから」

さて、3回にわたるインタビューもクライマックス。改めて髙嶋にとっての「ELEZO」という存在について聞くと、俳優ならではの興味深い答えが返ってきた。

「『ELEZO』って芝居の世界に置き換えると、1つの会社が脚本、主演、監督、美術、照明、撮影、衣装、小道具…全部をやるということ。それを佐々木章太さんが24歳のときに築いて、未来予想図を書き上げたっていう稀に見るチームですよね。『ELEZO』が出てきたことで鹿肉から手を引いた店も結構あるんですよ。これは敵わない、って。それは食べてみて敵わない、じゃないんです。料理人はみんなプロなので『どうしてこんなにうまいのかな』を調べたら、『あ、これは無理だ。やめよう』となって、じゃあ鹿肉は『ELEZO』から仕入れよう、と。ハッと気づいたら、だいたい僕が行っていた店の鹿肉、『ELEZO』の肉だったんです。直接店には行ってないけど、実は知らず知らずのうちに行ってたっていう(笑)。しかも完全に料理人やお客さんの口コミだけで、宣伝をしない。なのにこれだけの帝国を創り上げた。そういう意味で、こんなお店ないですね、他に」

第2回で、自身にとって食は“生きがい”だと話していた髙嶋。人生とは切っても切れない、そんなかけがえのないものを追求する楽しさは、どんなところにあるのだろう。その理由の一つは“進化”だという。

「例えば昔だったら、『イエスタデイ』っていうファミレスがあったんですよ。知ってます? 『デニーズ』とかの次に高級でおしゃれなのが『イエスタデイ』と『プレストンウッド』。今だと、ナプキンで肉汁が飛び散るのを防ぎながら目の前の鉄板でハンバーグを焼くっていうスタイルは多いですけど、当時はそういうのを食べたいと思ったら、『イエスタデイ』とかに行くしかなかったんですよ。ところが今、飲食業界も、SNSでその情報を簡単に得られるようになって、全体的に進化してるから、おかげで『どこどこの店に行きたい!』と思って予約が取れなくても、他にも山ほどあるんですよ、同じような店や食べ物が。焼き鳥と言えば、1970年代は六本木の『鳥長』っていう、芸能人がいっぱい行くところだったんですけど、今はどこ行ってもうまい。食の追求がしやすくなっている。そういう意味では、幸せな時代になりましたよね」

一方で、食を愛するがゆえに、気になってしまうことも多い。最近は殊に「食がジャンルとして流行りすぎちゃって、変な方向に行ってる」と感じているのだそう。

「今は廃棄される料理が多すぎますよね。僕はわりと食べきるんですけど、残す人を見てると『何で来たのかな』と思うことはありますけどね。あと、料理が冷めちゃうまで写真を撮る、とかね。記録に残すとか家に帰って家族に見せるなら、スタンバイしてパシャでいいじゃないですか。そうじゃないと最高の状態を味わえないんですよ。鮨、てんぷら、串カツ…特に揚げ物の類は、ダメですよ、撮っちゃ。お世話になってる小山薫堂さんも、必ず写メは撮りますけど、もう極一瞬ですから」

ふと、「たまに思うんですよね。なんでこんなに食い意地が張ってるのかなって(笑)」と自嘲気味にほほ笑んだ髙嶋。それは純粋に“好きだから”なのだろう。好きだから追い求めたくなる。髙嶋にとって、食も、俳優も、同じなのかもしれない。

「人って、急にあっさりが食べたくなったり、こってりが食べたくなったり、いろいろ変わりますよね。そこが俳優と料理人は、ちょっと似ているかもしれない。どちらも、いろんな好みのお客さんを相手にしなければいけないわけですから。それによく、女優さんが『今回私をどう料理してくれるか楽しみ』とか言ってるコメント、昭和の頃、聞きました。やっぱり同じような感覚なんでしょうね。でも最近は、何も考えないで来て、『泣け』って言われて泣ける人もいる。ポカーンとしてるんだけど、監督の言いなりになってると、演技が素晴らしい、みたいな。いやぁ、新しい時代ですよ。僕とはタイプが違いますね。でも昔も今も、要は私生活で何をやっていても、どんなにちゃらんぽらんでもいいから、現場に来て、“できたらOK”。その本質は変わってないですね」

取材・文=四戸咲子