「アロマンティック」「アセクシュアル」という性的指向がある。大まかに言うと他者に対して恋愛感情を抱かないのがアロマンティック、他者に対して性的に惹かれないのがアセクシュアルとされている。セクシュアルマイノリティのひとつに数えられるアロマンティック・アセクシュアルだが、日本のフィクション作品で取り上げられることは今まであまり多くなかった。

しかし、1月10日(月)からNHKよるドラ枠で放映される「恋せぬふたり」(夜10:45-11:15、NHK総合)は、国内ドラマでは初めて“アロマンティック・アセクシュアル”の男女を主人公とし、「恋愛もセックスもしたくない」2人の同居生活を「ラブではないコメディ」として描くという。第一報が公開されると、SNSではアロマンティック・アセクシュアル当事者を含めた大きな反響があった。この企画がどのような経緯で生まれたのか、どんなメッセージをこめた作品にしていきたいのか。インタビュー前編となる今回は、制作統括・尾崎裕和氏と演出・押田友太氏に話を聞いた。

■恋愛を描かないとドラマにならないのか?と疑問があった
――今回、アロマンティック・アセクシュアルの方を主人公としたドラマを作ることになった経緯を教えてください。

押田 個人的に、大きく二つの理由があります。僕は最初に赴任したのが広島放送局で、初めて自分で作ったドラマの主人公が部活を頑張っている高校生だったんです。そこで作家さんとの打ち合わせのときに、ドラマの本筋とは関係ないんですが、「やっぱり主人公が高校生だったら、恋愛要素は入れたほうがいいですよね」ということになりまして。そのときはドラマだとよくあることだし、それでいいとも思ってはいたんですが、一方で高校生が主人公なら必ず恋愛をするということに対して、なんとなく違和感もありました。その後、東京に来て大河ドラマや朝ドラに関わっていると、やっぱりヒロインと相手役というのがセットになっていて、恋愛要素が出てくるんですね。そんなこともあって、必ず恋愛を描かないとドラマにはならないのか?と漠然と疑問に思っていたんです。

また、それとは別の番組で、リスロマンティック(相手に対して恋愛感情は持つが、その相手から自分へ恋愛感情を向けられることは望まないセクシュアリティ)に関する取材をしました。お話を聞いた団体の方がアセクシュアルの方で、そのときに「日本のドラマって、必ず恋愛を描かないとドラマにならないんですかね」「そういう映画やドラマばかりだと、私たちの存在が否定されているように感じてしまうんです」とおっしゃっていたんです。今までなにげなく恋愛ドラマを作っていたけれど、それで誰かを傷つけていたこともあったのかもしれないと思って。その時の経験も、今回のドラマを企画するきっかけのひとつになりました。
■「チェリまほ」きっかけで脚本家へオファー
――今回、キャスティングも重要だったのではないかと思います。なぜ岸井ゆきのさんと高橋一生さんが演じることになったのでしょうか。

押田 高橋さんに関しては、脚本の吉田恵里香さんの中にイメージがあり、オファーをしたところ快く受けてくださいました。岸井さんに関しては、正式なオファーの前に一度お会いする機会を設けていただきました。そのときに台本の一部を読んでもらおうとしていたんですが、岸井さんは、まだテーマについて深く理解していないのに、本読みをするのはちょっと難しいとおっしゃって。それを聞いて、すごく誠実に役に向き合おうとする方だなと感じました。それと、咲子という役は、明るい中にもどこか本音を隠して生きてきているというところがあって、そういう周りに合わせて生活している人物を、岸井さんなら繊細に演じてくれるんじゃないかと思ったんです。

――脚本の吉田さんが決まった経緯についても教えてください。

押田 吉田さんが脚本を手掛けられた「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」(テレビ東京系)という作品の中で、佐藤玲さんが演じられた役が(原作と違い)恋愛をしてもしなくてもいいと思っているキャラクターになっているんですが、そういう設定にしたのが吉田さんだということをインタビューを読んで知って、お話を伺ってみたいと思いました。ドラマを作る上では、アロマンティック・アセクシュアルというテーマはあっても、それをはっきりと描かないということもあり得ましたが、吉田さんはアロマンティック・アセクシュアルに真正面から向き合っていきたいとおっしゃってくれました。吉田さんとなら「恋せぬふたり」をつくることができると思い、ご一緒させていただくことになりました。

――撮影に入ってから、岸井さんや高橋さんは、どのように役に取り組まれていましたか?

押田 今回、当事者を含む3名の方に考証をお願いして、事前に岸井さん高橋さんに会ってお話をしてもらいました。最初のうち岸井さんが、アセクシュアルという言葉は知っていたけれど、恋愛がわからないという感覚を理解するのが難しいということだったので、岸井さんがお気に入りの映画だという「アベンジャーズ」に例えて、当事者の方が「『アべンジャーズ』をよく知っていて、そのことで話が盛り上がっている人たちの中に、まったく知らない人が混じっているような感覚を、周囲が恋愛の話をしているときに感じる」という話をされていて、そういう居場所のなさや、いたたまれない感覚について、話し合って理解を深めていました。

高橋さんが演じる羽については、接触に嫌悪感があるというキャラクターなので、その感覚の出し方をかなり考えられていましたね。あんまりやりすぎると人が嫌いというニュアンスが出てしまうので、距離感の微妙なバランス、どこまでなら不快な印象を与えずに嫌悪していることを表現できるかを、事前にリハーサルをしてつめていったところがありました。脚本も演出も当事者ではない人間が関わっているので、動きやセリフの一個一個、こうなるとこの動きが難しいんじゃないかとか、丁寧に繊細に、考証の方と相談しながら、かなり試行錯誤を繰り返されていました。

■男女がくっついて終わるものではないドラマを作りたい

――これまでも「よるドラ」の枠では、「ここは今から倫理です。」や「腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。」など、セクシュアルマイノリティや性暴力被害の当事者の方が登場するテーマなどを扱ってきたと思いますが、今回のドラマを含めて、どんな考えで取り組まれていますか?

尾崎 過去作品も同様ですが、考証という形で当事者や専門家の方に入っていただいていて、「当事者の方がこの作品によって傷つくことがないように」とずっと考えて作っています。まずそれがあった上で、ドラマとしてより広く見られるものにしたいということを意識しています。

押田 これまでのドラマは、同性・異性を問わずロマンティックの人たちが描かれたものが多かったと思います。でも、世の中にはもっと多様な人がいて、恋愛をしない、わからない人たちのことが描かれることってなかなか少なかったと思うんです。この「よるドラ」という枠でしかできないことってけっこうあると思っていて。10代とか20代の方だけでなく、いろんな世代の人たちに見てほしいし、はっきりとは分からないけど、まずは、言葉や存在を知ってもらうのが大事だと思っています。色んな価値観がこの世の中にはある。それを受け入れてくれることが、この枠の共通した良い心意気なのかなと思います。

――このドラマの発表があったときには、アロマンティック・アセクシュアルの方を描くということに期待を寄せながらも、結局は今までの恋愛ドラマのような着地点にいきついてしまったらどうしようという声も聞かれましたが、現時点で言える限りで構いませんので、どのような着地点を考えて作られたのかを教えてください。

押田 このドラマを最初にやりたいと思ったのは、多くの恋愛ドラマやラブコメのように、最後は男女がくっついて終わるものではないドラマを作りたいと思ったからなんですね。私自身、そういう展開に終始してしまうと、突っ込みを入れたくなってしまうこともあるし、そこは脚本の吉田さんとも特に話していたことでした。その思いが「恋せぬふたり」というタイトルにあらわれていると思います。序盤の展開がかなり早いのですが、むしろそれは狙いで、2人の恋愛感情抜きの生活がどうなっていくのかを見守るお話になっています。どんな風なラストになるかはもちろん見てのお楽しみですが、ラストにこのドラマが描きたかった一番のテーマが詰め込まれていると思います。

尾崎 今回アロマンティック・アセクシュアルの方を主人公にするということで、決して「ドラマのためにキャラクターを動かす」ということをしてはいけないなと思いました。当事者の方がやらないということをそのキャラクターがしてしまうと、ドラマやストーリー展開のために当事者であるキャラクターを都合よく動かしていることになってしまいます。なので、考証に入ってくださっている方々とコミュニケーションをとりながら、こういった場面では実際にはどうするかということを、キャラクターに落とし込んで作っていきました。