コミックの映像化や、ドラマのコミカライズなどが多い今、エンタメ好きとしてチェックしておきたいホットなマンガ情報をお届けする「ザテレビジョン マンガ部」。今回は、美大受験に失敗したトラウマから母親の言いなりとして生きる23歳のOLが、さまざまな人物と出会い、関わりながら自身の苦悩と向き合っていく姿を描いた作品『ミューズの真髄』をピックアップ。作者の文野紋さんが2022年6月24日にTwitterで同作を投稿したところ、13.1万以上(8月1日現在)のいいねと共に、多くの反響コメントが寄せられた。この記事では、文野紋さんにインタビューを行い、創作のきっかけやこだわりについてを語ってもらった。

■“生きづらさ”を抱える23歳OLの人生リセットストーリー

同作は、高校時代に美大受験に失敗し、その後もトラウマを抱えながら生きる瀬野美優(せのみゆう)が主人公の物語。美優が受験に失敗したことで、唯一の家族である母親は仕事を休むようになり、丸一日部屋から出てこない日も。そんな母親に負い目を感じる美優は、アルバイトをしながら“美大浪人生”として来年の受験を試みるも、とある日、キッチンのテーブルには母親が付箋を付けた求人情報誌とOL向けファッション雑誌が置かれていた。

母親が勧める企業に就職し、母親が良いと思うファッションに身を包み、“絵を描きたい”と思う気持ちを抑えながらOLとして生きる美優。そんな中、美優は合コンで出会った広告会社勤務の鍋島海里(なべしまかいり)と意気投合し、好意を寄せ始める。鍋島のことを「わかってる人」だと感じ、勇気を出して食事に誘った美優だが、他の人に話せない心の内を語ってみるも、逆に傷つく言葉を返されてしまう。

自分に期待し、“思い上がっていた”と感じた美優が足早に自宅へ戻ると、自分の部屋の油絵のキャンバスをカッターナイフで今にも傷つけようとする母親の姿が。美優の美大受験を失敗と決めつけ、「美優ちゃんのことを心配してるから、キャンバスを壊す」と話す母親に、「私の人生を失敗って決めつけないでよ」「もう一度絵を描かせてください」と土下座し懇願する美優。しかし母親は逆上し、「変なこと言い出さないで」と美優の頬を叩いてしまう。そこでようやく吹っ切れた美優は、母親に別れを告げ、キャンバスと美大受験の資料を抱えて裸足のままベランダから家を飛び出す。

トラウマやコンプレックスを克服しようと苦悩しながら生きる、23歳OLのリアルな心情を狂おしいほど繊細な描写で見せる同作。Twitterでは「身に迫るものを感じた」「気持ちがよくわかる」「すごく引き込まれた!」「幸せになってほしい」など、感想とともに多くの共感コメントが寄せられている。

■諦めずに続けられる人生だけが正解じゃない…自身の体験談を元にした物語

――『ミューズの真髄』を創作したきっかけを教えてください。
東京藝大を受験する夢を見てうなされたことがきっかけです。私自身、20歳の頃まで東京藝術大学の油画専攻を目指して浪人していたこともあり、これは一度作品として昇華しなければいけない題材かもしれないと思い描き始めました。

――『ミューズの真髄』を描くうえでこだわった点や、「ここを見てほしい」というポイントがあればお教えください。
物語の主人公というものは普通、才能や独自性のあるキャラクターである事が多いです。だからこそ物語の主人公になり得ると思うのですが、本作の主人公は才能の無さや独自性の無さに悩んでいます。その辺りの葛藤に注目して読んでほしいです。

――8月12日(金)に『ミューズの真髄』第2巻が発売されますが、同作の中でご自身が特に気に入っているシーンやセリフがあれば、お聞かせください。
2巻に収録されている7話の美優の長文の語りシーンが気に入っています。私自身、自分に才能やセンス、絵心があると感じたことが無くて…。美優の叫びは本作を描き始めた当初から描きたいシーンの一つでした。

また、2巻収録の7.5話(番外編)にも注目してほしいです。美優が通う予備校の講師・月岡未来が主人公の回なのですが、美術というものに囚われる人間を象徴するお話だと思っていて、こちらも本作を描き始めた当初から描きたかったエピソードです。月岡が合否を知るシーンはかなり気に入っています。

――読み切り短編集「呪いと性春」など、これまで“愛情”にまつわる人間の心の内を多く描いていらっしゃいますが、こういった作風に至ったきっかけや理由があればお教えください。
きっかけと言われると難しいですね。ただ、私は本当に幼い頃から生きづらさを強く感じていて、25歳になった今でもそれが消化できずにいます。

読者の方に届けたい気持ちももちろんありますが、どこかではそういう自分を整理するために漫画を描いてる節があるかもしれません。

――Twitterでのアップ後、とても大きな反響があったかと思います。特に印象に残っている読者からの反響があれば教えてください。
とても大きな反響をいただけて嬉しかったです。受験の失敗や親との確執について、自分の人生に重ねて読んでくださる方が多くて、この物語は最後まで丁寧に描かねばという気持ちがより強くなりました。

――主人公の美優のように生きづらさやコンプレックスを抱えている読者へ、メッセージがあればお願いします。
私はほんの4、5年しか美術の世界には居なかったので素人考えなのですが、美術にのめり込んでいる人間は美術の道を諦めた瞬間、本当に空っぽになってしまう人が多いと思います。油絵の知識や技術は世間で全く役に立たないので、何年もかけて積み重ねた自分を形成する大きな部分が無になったような感覚になると思います。

本当に好きならお金にならなくても時間がなくても続けろよ、と世間は言います。正論だと思いますし、そういう人がいわゆる成功をするのだとも思います。でも、現実的にはそうもいきません。学歴も職歴もない人間が自立した生活を送るためには朝から夜まで必死に働かなくてはお金が足りません。少なくとも当時の私には、完全に断ち切る(画材や絵を処分する)以外の生き方が分かりませんでした。

美術以外の分野でも何かにのめり込んでいてそれが失敗に終わったり、世間的・経済的理由で諦めなければならなかった人は多いと思います。『ミューズの真髄』はそういう人たちに寄り添える作品を作りたいと思って描いています。

才能のある強い人間の話ももちろん素敵ですが、それだけじゃないよと、失敗しても諦めずにやり続けられる性格や環境の人生だけが正解じゃないよ、と伝えられる作品にしたいです。最終巻である第3巻まで、どうか見届けていただけますと幸いです。