菅田将暉が、原田美枝子とダブル主演を務める映画「百花」が現在公開中だ。本作は、川村元気が原作・脚本・監督を務める愛と記憶の物語。過去のある“事件”をきっかけに、互いの心の溝を埋められないまま過ごしてきた葛西泉(菅田)と母・百合子(原田)。認知症の百合子が記憶を失うたびに、泉が母との思い出を蘇らせていく模様を描く。レコード会社に勤務している息子・泉を演じる菅田に、本作の撮影の記憶から自身にまつわる記憶まで、さまざまな“記憶”を聞いた。

■「子供と大人の両方の感覚が同居している時期」

――本作は、自然な会話がたんたんと紡がれていく印象でしたが、そんな中でも頭に残る言葉が多かったように感じます。菅田さんが最も記憶に残っているセリフは?

僕、好きなセリフがあって、長澤さん演じる香織が、「最初、妊娠が分かったとき、正直そんなにうれしくなかったんだよね。だって好きにお酒飲んだりできないし」という言葉なんですけど。いいセリフだなと思って。泉はこれから子供が産まれる、そんなときに母親の認知症も進んでいきます。要は、子供と大人の両方の感覚が同居している時期だなって。

■「息子と父親の狭間にいるときの漠然とした不安」

ものすごく個人的なことになるんですけど、撮影当時、ちょうど僕も結婚を考えていた時期だったので、そんなことを日々考えている時期でもありました。泉だけでなく、みんなそうだと思うんですけど、自分がいざ親になるってとき、幸せな未来はもちろんいっぱい想像できるけど、それに負けないくらい不安な気持ちもあるだろうなって。しかも、あの家庭環境で育って、過去、親にどうしても許せないことをされた経験をしている泉は、それが、より強いと思うんです。だからこそ、さっき挙げた香織のセリフがすごくリアルだと思ったんです。そんな息子と父親の狭間にいるときの漠然とした不安がこの作品では大事な気がしました。

■「この映画って“壮大なあるある”なんですよ」

――そんな香織のセリフをはじめ、菅田さん自身、本作に共感することも多かったのでしょうか?

最初にお話を頂いた頃、ちょうどうちのおばあちゃんの記憶が不確かになっていた時期だったから、いろいろとリンクするところがありました。自分の親がおばあちゃんと接している様とかを傍から見て、やっぱり大変そうで。親が感情的になっている姿とかを見ると、やっぱり彼らも人間なんだなって。親と自分の立場が重なって見えるような感覚になりました。僕が「百花」に最初に共感したのはそこなんですよね。

今まで親と接していく中で、人生の先輩としてのプラスな面は見えていたけど、自分も結婚して家庭を持つんだみたいな一歩引いた目線で見たときに、初めて親の苦手なこととかウイークポイントも見えてくるんですよね。その発見が当時、すごく新鮮でした。そんなことを監督とも喋っていたら、「今の菅田くんのその気持ちを大事に撮りたい」と言ってくれて。じゃあ、そこはウソをつかずに僕なりの泉のベースにしようって思ったんです。それがこの役のスタートでした。

――親のマイナスな面も含めて、同じ人間だと思えるようになると、自分の子供時代の記憶なども少し違って見えてきますよね。

そうですね。当時、あんなに理不尽に感じていた親の説教とかが、「そりゃ確かにそう言うよね」みたいな風に納得できて、記憶もちょっと修正されていきますよね。嫌な思い出とかが、今になっては沁みてくるというか。だから、そういう意味でいうと、この映画って、壮大なあるあるなんですよ。家族と自分の記憶の結びつきっていうものは、基本的には誰しもが持っている。だから、そこが面白いですよね。

――そんな壮大なあるあるを描く本作を通して、菅田さん自身はどんなことを感じましたか?

いろいろありますが、一番は、生まれてくる命と燃えていく命みたいなものを泉目線で感じていました。そんな中で、母親という存在でいた人が、ものすごく人間として見えてきて。一人の女性なんだなって。やっぱり息子目線で見ると、母親が一人の人間として歩んでいる姿を見ていないから、そこにギャップが生まれるわけですよね。だから、母親というものが一番身近なあるあるなのかなとは思いました。そんな当たり前のことを改めてちゃんと描いた映画だなと。

これは性別も仕事も関係なくそうなんですけど、インタビューしてくれるライターさんと同時に、一人の人間であって、僕も俳優である以前に、一人の人間である。それぞれの社会的な役割や先入観とかだけで判断してしまうから、そういう当たり前のことを、どうしても忘れてしまいがちですよね。

■「焼肉屋で『タレ』って言っても笑わないでね」

――では、本作の撮影で最も記憶に残っていることを教えてください。

原田さん演じる母さんとどうぶつビスケットを食べているシーンです。あそこだけ、唯一母親と会話が成立するシーンなんです。冒頭はまだ認知症が進んでいないんだけど、泉がまともに話をする気がないから、会話が成立していなくて。そこからどんどん母さんはいろんなことを忘れていったり、意識が違うところにいったりするので、会話っていうものがなかなか成立しない。

泉も母さんも話したいことはあるんだけど、話せない、お互いに触れられないという状況があって。最終的に母さんが介護施設に落ち着いて、そのどうぶつビスケットのシーンです。本当に久々に泉と母さんが、どうでもいい普通の会話をするんですよね。だから、何か好きで、記憶に残っています。

――そんな母・百合子のセリフで「間違った選択だったとは思う。でも私、後悔はしていないの」という言葉もありましたが、菅田さん自身あの選択は間違っていたと思うけど、でも今も後悔していないという出来事はありますか?

10代後半のときにこの世界に入って、10年弱くらいは「よかったのかな?」って思うこともありました。親は「大学に行け」って言うし、自分も教師になりたかったので、ちゃんと勉強を続けたいなっていうのがあって。10代でこの世界に入るっていう選択をしたわけですけど、あの選択をしてよかったってちゃんと思えたのは、25歳くらいになってからかな。

でも、基本的に過去の選択に対して思うことは、あんまりないんですね。だって、それがそのときの結果だし、自分の実力だっただけだから。たとえ悔しい思いとかをしても、自分が足らなかっただけとしか言いようがない。ただ、ちっちゃいことで思うことはあります。

うわ…ホルモンの味タレにしとけばよかった…。なんで塩ってカッコつけたんだろう…って(笑)。焼肉の味の選択とかって、何かカッコつけちゃうんですよね。特に店員さんとか周りのお客さんに「ファンです!」って言われたら、「塩で」って言っちゃう。何で俺、今カッコつけたんだろう…本当はタレで食べたいのに…ちょっと選択ミスったな…と思うときはあります(笑)。だから、焼肉屋で「タレ」って言っても笑わないでねって、書いといて欲しいです!

――本作は“記憶”がテーマになっていますが、菅田さん自身はみんなが忘れているのになぜか自分だけ覚えている記憶はありますか?

僕、覚えてないことの方が多いんですよね…(笑)。洋服とか、どこで買ったか覚えていなくて。こんなに好きなのに、買うときはあんなにワクワクしたのに…すぐ忘れちゃう…。そんな感じなので、自分だけ覚えてないことはいっぱいあります。「それ話すの二回目だよ」って言われることも、めちゃめちゃあるんですよ。こないだ奥さんにも言われたばかりで(笑)。「それ二回目だよ?」「ごめんなさい…」っていうのがありましたね。

■「なぜかアリの記憶がめっちゃあるんですよね」

――(笑)。では、特に忘れてしまいがちな記憶は?

道が覚えられないんですよね。めちゃくちゃ方向音痴なんです。本当に苦手で…。ゆっくり歩きながら、道全体を見渡しつつ、意識して記憶しないと覚えられなくて。前方の景色だけで覚えていると、そこにいた人とかで記憶しちゃっているから、次に通ったときに同じところに人がいないと、違う景色だと思っちゃうんですよ。だから、鳥とかがいたりしてもダメなので、動かないものだけをなるべく見るようにしています。

――逆に言うと、動くものをよく記憶しているんですね。

そういうことにもなるのかな…。でも、単純な方向感覚が本当にないんです。空間認識とか、その辺の能力が著しく低いんでしょうね(笑)。自分の中では真っ直ぐ進んでいるつもりなのに、いつの間にか全然違うところに出ちゃってたりするんですよ。何回歩いても、これはたどり着けないだろうって。何でみんなこのマップでわかるの?絶対ウソついてるよって思います(笑)。

あと全然共感してもらえないんですけど、撮影スタジオとかでも部屋を移動することがあると、もう全くわからないんですよね。どこで支度してきたか、トイレがどこかとか、よく迷うんです。テレビ局とかも楽屋から一度出たらもう最悪ですよ…帰ってこられない。しかも景色が似てるから、覚えようと思ってもダメなんですよね…。

――なるほど(笑)。そんな忘れてしまいがちな菅田さんですが、幼少期の記憶はありますか?

ポツポツは覚えていますね。なんか…アリを食べてました(笑)。なぜかアリの記憶がめっちゃあるんですよね。今考えたら危ないし、めちゃくちゃ汚いんですけど、僕、道路の横にある側溝を歩くのが好きだったんです。小学1年生くらいのときに、川が氾濫するほどの大雨の日があって。側溝の水も深くて、胸下くらいまで来ていた記憶があります。その中を僕は堂々と歩きながら帰宅して、家に着いたらめちゃくちゃ親に怒られるわけです。

でも、楽しかったからいいやって思いながら風呂場に行って、ズボンを脱いだら…太ももにアリが噛み付いていて(笑)。痛くはなかったんですけど、なんかそれを見たとき、僕止まっちゃって。「あの激流の中、この子は必死に噛み付いて、僕と一緒にここまで来たんだ」って思ったんです。当時小学生ながら、そのアリの姿に何かちょっと感動して、相棒みたいな気持ちになったなって。あの景色をふと今思い出しました(笑)。

◆取材・文=戸塚安友奈