太平洋に浮かぶ美しい島に建てられた、厳かでスタイリッシュなレストラン。生涯で1度でも予約が取れれば幸運というその超高級レストランで提供されるのは、笑うに笑えないブラックユーモアと度肝を抜くサプライズ、そして信じられない惨劇だった――。2022年11月に公開されるや米で話題を呼んだ映画「ザ・メニュー」。公開の約1カ月後に発表された「第80回ゴールデングローブ賞」(ミュージカル/コメディ部門)に主演男優賞(レイフ・ファインズ)・主演女優賞(アニャ・テイラー=ジョイ)の2部門でノミネートされるという沸騰ぶりを見せ、受賞こそならなかったが、ハマればクセになる面白さで異彩を放っている。(以下、ネタバレを含みます)

■孤島のレストランで至福のひととき、のはずが…

選ばれし者しか訪れることのできない孤島のレストラン・ホーソンに客としてやってきたマーゴ(アニャ・テイラー=ジョイ)とタイラー(ニコラス・ホルト)。同席者は皆、“美食家気取り”のセレブたち。タイラーも相当なグルメオタクで、別の女性と店を訪れるはずだったが、その彼女の都合がつかなくなったため、急きょマーゴを誘ったのだった。

有名シェフ・スローヴィク(レイフ・ファインズ)の極上の料理とそこに込められた思想に感激し涙まで流すタイラーに対し、グルメに興味のないマーゴは驚くやら、あきれるやら。次第に、ディナーに違和感を覚え始める。

ディナーのひと皿ひと皿には、悪ふざけと紙一重の“サプライズ”が添えられていた。初めは寛大な心で苦笑していた客たちも、コースが進むにつれその異常さに気付き、やがてスローヴィクの恐ろしい計画を知ることになる――というストーリーが展開する。

■主演は「ハリー・ポッター」最大の敵役俳優

客たちにとんでもないフルコースを提供するスローヴィクは、映画「ハリー・ポッター」シリーズでハリーの最大の敵“ヴォルデモート卿”を演じ、日本でもよく知られる名優のレイフ・ファインズ。何を考えているか分からない不気味な表情と、黙っていても相手を威圧する強烈な存在感で、ミステリアスなシェフ・スローヴィクを怪演している。

ただ一人、そのスローヴィクに立ち向かうマーゴを演じるのは、映画「スプリット」(2017年)で注目を集め、2023年公開予定の映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」でピーチ姫役を務めるアニャ。タイラーをはじめ虚栄心に固められステータスに目がくらんだ客たちと、ただただ自分の感情に素直に行動するマーゴの対比に皮肉が効いている。

■極上の不気味さを召し上がれ!

俗物然とした客たちは滑稽だし、スローヴィクに異常なまでの忠誠を誓うスタッフたちもこの上なく不気味で、興味をそそられる。だが圧巻は、スローヴィクとマーゴが交わす、息の詰まるような緊迫の対話シーンだ。

スローヴィク役のレイフが「シェフは複雑な人物だ。彼にとって食は信仰、不気味な男だ」と語る通り、スローヴィクにとってディナーの主役は料理であり、客ではない。対してマーゴは「何をいつ食べるかは自分で決める」ときっぱり言ってのけ、スローヴィクに「あなたは(客に)奉仕してて楽しい?」と直球の質問を投げ掛ける。その真っすぐさが気持ちいい。

劇中の客たちと同じように、狐につままれたような感覚でストーリーを追ってきた観客は、クライマックスで狂人スローヴィクと庶民の感覚を持ち合わせたマーゴとの直接対決を見届けることになる。一歩も譲らないその対峙(たいじ)を見れば、そろってゴールデングローブ賞にノミネートされたのもうなずける。

得体の知れない不気味さにどんどん取り巻かれていく、そんな異質な感覚を味わうことができる映画「ザ・メニュー」は、ディズニープラスの「スター」で配信中。

◆文=ザテレビジョンドラマ部