大林宣彦監督が2020年4月10 日、82年の生涯を閉じた。くしくもその日は、映画の世界遺産とでも呼ぶべき圧巻の最新作『海辺の映画館―キネマの玉手箱(2020)』の公開予定日だった。しかし新型コロナウイルスが猛威を振るい、感染防止のために映画館は営業自粛――他の映画と同じように公開延期の運びになってしまった。

かつての戦時下でも映画の上映は細々続いていたというのに、今、一時的にしろわれわれが生きる世の中から映画の灯が消えてしまった。まだしばらく『海辺の映画館―キネマの玉手箱』を劇場のスクリーンで堪能することもできない。しかしこの痛烈な非常時だからこそ、大林監督が優しい声で語り掛けてくるメッセージをキャッチするために、耳を澄ませたい。

■ 幼少期の戦争体験から“戦争三部作”製作へ

大林宣彦は自身のアイデンティティを「敗戦少年」と定義していた。幼い頃に広島の尾道で戦争を体験し、『野ゆき山ゆき海べゆき(1986)』をはじめ、自伝的作品『マヌケ先生(1998)』やアニメーション『少年ケニヤ(1984)』など数作で原爆投下のシーンを描いている。

2011年の東日本大震災――“3.11”の衝撃に触発された『この空の花 長岡花火物語(2012)』では、ピカソがスペイン内戦中に描いた絵画に倣って「シネマ・ゲルニカ」を標榜。続けて『野のなななのか(2013)』、『花筐/HANAGATAMI(2017)』(5月14日(木)夜7:00、WOWOWシネマ)と“戦争三部作”を撮る。

そして戊辰戦争から桜隊の悲劇まで、戦争の歴史をタイムリープする『海辺の映画館―キネマの玉手箱』へと至る――。これらはまさしく今の時代への危機感を背に、渾身の力で描き上げた巨大な反戦壁画のようだ。

■ 監督が掲げたのは「夢」の力

戦争という残酷な破壊の脅威に対して、大林監督が掲げたのは個人の想像力の可能性だ。すなわち「夢」の力。ここでは「監督」と呼んでいるが、大林宣彦はとことんオンリーワンな映画作家、いや永遠の「映画小僧」であった。商業映画のシステムの中でも、8ミリカメラを手にしていた頃と変わらぬ個人の精神、「僕」の自由なイマジネーションの翼を広げ続けた。

「A MOVIE」とは、大林映画の冒頭に毎回登場するタイトル・フレーズ。自分のフィルムはすべて個人映画であり、普遍映画である、という監督の想いが込められている。大林映画とは、個人の「夢」の力を皆で共有できる素晴らしき「僕」たちの世界なのだ。

その「夢」はいつでもフレッシュに再生される。例えば初の劇場用長編デビュー作『HOUSE/ハウス(1977)』のめくるめくファンタスティック絵巻、ポップな色彩と音響に満ちたパワーはどうだ。そして最も愛される大林クラシック“尾道三部作”を改めて観てみよう。

思春期真っ盛りの未分化な性的妄想に輪郭を与えてくれる『転校生(1982)』の“ヰタ・セクスアリス”をはじめ(この名作の男女の入れ替わりが、新海誠監督のメガヒット・アニメーション『君の名は。(2016)』の最大の元ネタとなったのは言うまでもない)、ラベンダーの香り漂う『時をかける少女(1983)』(5月11日(月)夜7:00、WOWOWシネマ)、ショパンの「別れの曲」が醸し出す哀切な恋の詩情が胸を締め付ける『さびしんぼう(1985)』の色あせぬみずみずしさとイノセンスのきらめき。

あるいは生死の境をふっと跳び越える『異人たちとの夏(1988)』(5月12日(火)夜7:00、WOWOWシネマほか)や『その日のまえに(2008)』(5月13日(水)夜6:35、WOWOWシネマほか)の思い出の中の情景をたどる旅(この2作はともに脚本が市川森一)。

■ どの作品にも「死」のにおいや回路が組み込まれている

快活で能動的な「生」の魅力にあふれる大林映画だが、実はどの作品にも「死」のにおいや回路が組み込まれている。生死は究極的な真実の表裏一体だ。故に死に恐れず向き合うことが、健やかに生きていくためのヒントにもなる。そんなことも教えてくれる大林フィルモグラフィ全体が最高に豊穣な「キネマの玉手箱」だ。

彼はいつも“キャメラ”とともにいた。幼少期から活動写真機やセルロイド製のフィルムに親しみ、誰よりも早く日本で自主映画を撮り始め、実験映画からCMディレクター、劇映画へと越境していった大林宣彦。

ベテランになっても初期衝動のエネルギーを失わず、無双のテクニックを持つ“映像の魔術師”が、子どもに戻ったような自由奔放さでスクリーンというキャンバスを埋めていく。その筆致に宿るのはピュアな遊び心。芳醇なエロスとタナトス。

コロナ禍を新たな世界大戦だとする論説が広がっている現在。もしこれが未曽有の「戦争」であるのなら、その渦中だからこそ、「夢」の力を確かめるために大林ワールドの扉を開けよう。いつも笑顔の映画小僧がそこに待っていてくれる。

■ 文=森直人

1971年和歌山生まれ。著書に「シネマ・ガレージ」など。近刊「フィルムメーカーズ 大林宣彦」(宮帯出版社)にも執筆参加。(ザテレビジョン)