2016年にバイエルンからドルトムントへ復帰

現在エールディビジのPSVでプレイするマリオ・ゲッツェ。ドルトムントのアカデミーから頭角を現したゲッツェはドルトムントやバイエルンなどで活躍。昨季は出場機会に恵まれず、今季からPSVへ完全移籍しオランダで再起を図っている。

ゲッツェは2010-11シーズンに当時の指揮官であるユルゲン・クロップ監督に見出された。けがで離脱していた香川真司の代役として、クロップは18歳のゲッツェを起用。6得点15アシストを挙げてチームを優勝へと導くとチームの中心選手として成長した。その後バイエルンへ移籍後も主力として活躍。2014年のFIFAワールドカップでは、途中出場から決勝点をマークし、ドイツ代表を4度の世界制覇に貢献した。

しかし、2015-16シーズンは14試合3得点と出場機会が激減。放出候補にも挙がるなど、厳しいシーズンを送った。迎えた2016年夏、ゲッツェに恩師からオファーが届いた。前年にリヴァプールの指揮官となったクロップからのオファーだった。しかし、当時のゲッツェはこれを拒否。古巣のドルトムントへ戻る決断を下した。

もしこの時、リヴァプールへ移籍していたらどうなっていただろうか。トップ下やサイドハーフでの出場が多かったゲッツェ。当時のリヴァプールは[4-2-3-1]と出場できる可能性は十分あっただろう。しかし、現在のシステムへ移行した場合、再び出場機会を失っていたかもしれない。現にフィリペ・コウチーニョも、現在のシステムにはフィットせずバルセロナへ移籍した。その後、ゲッツェはドルトムントへ復帰して主力として活躍している。

ゲッツェを逃したリヴァプールは、サウサンプトンからサディオ・マネを獲得。その後はエースとして君臨し、ロベルト・フィルミーノや翌年に加入したモハメド・サラーとともに最強3トップを形成。2度UEFAチャンピオンズリーグ決勝に進出し、ビッグイヤーを掲げるまでに成長した。

ゲッツェはドイツ誌『11 Freunde』にて当時について「ボルシアでチャンピオンズリーグを制覇する可能性がより高いと思った」と明かした。CL制覇を一番に考えていたゲッツェは、当時プレミア8位に終わったリヴァプールよりもドルトムントのほうがCL優勝できるのではないかと考えたのだ。しかし、その後先に欧州王者となったのは、リヴァプールだった。

もしゲッツェがリヴァプール移籍を決断し、恩師との再会を選択していたら、結果はどうなっていただろう。リヴァプールの欧州制覇はあっただろうか。少なくともマネはリヴァプールへ移籍していなかっただろう。たらればかもしれないが、アンフィールドで赤いユニフォームに袖を通すゲッツェの姿も見てみたかった。