自身は「20点」との評価も……

川崎フロンターレは17日、明治安田生命J1リーグ第18節で清水エスパルスと対戦。ウズベキスタンで過密日程の中開催されたAFCチャンピオンズリーグ帰りということや、その帰国の際にチームスタッフに新型コロナウイルスの陽性者が出てしまう難しい状況ではあったが、敵地で前後半に1点ずつを奪い、清水を2-0で退けた。この結果、開幕戦から続く無敗記録を「22」まで伸ばし(18勝4分、勝ち点「58」)、首位を独走している。

この一戦で川崎は、U-24日本代表の一員として東京オリンピックに参加する三笘薫と旗手怜央の主力2名が不在となった。そして、前者の代役として左ウイングに抜擢されたのが、先のACL・グループステージ最終戦で存在感を示した20歳の宮城天だ。なお、この試合がJ1デビュー戦で、急遽のスタメン出場だったようだ。

すでにグループステージ突破が決まっていたACLでの試合に対して、この日は初めてのJ1での試合であるとともに、チームにとっても久しぶりのJリーグの試合。こういった状況の違いもあっただろう。宮城は自身のミスを極力減らそうという考えがあったのか、ACLの試合に比べたら縦への仕掛けの回数などやや積極性が欠ける部分も見られたかもしれない。実際に、試合後の会見で鬼木達監督も一定の評価を口にしつつも、「悪くはなかったが、彼のポテンシャルからすればもっと仕掛けていい。ボールを大事にするところ、チャレンジするとことがあっていいと思う」と述べていた。もちろん、指揮官の彼への期待の現れでもあるだろう。

ただ、難しいボールの処理や浮き球をピタッと止めるトラップ、キックの精度の高さ、視野の広さ、状況判断能力、三笘や長谷川竜也とはまた違った独特のリズムによるドリブルなど、要所要所でその才能の片鱗や確かな技術は発揮していた。三笘の海外挑戦が噂される中、長谷川だけでなく、フロンターレにまた新たな才能が現れたのだ。さすがフロンターレの選手層といったところか。そんな宮城が試合後にJ1デビュー戦を振り返ってくれた。

ーーどのような意気込みで試合へ臨んだのか


「ACLと天皇杯でチャンスをもらって、少し自分の長所がアピールできた中でこういうスタメンというチャンスがもらえたので、突然ではあったんですけど、あまり緊張とかはせずにすんなり入れたのは良かったです。ですけど、まだまだ課題が多く残る試合でした。ただ、スタメンでJ1の舞台で戦うことによって明確な課題も出ましたし、今後どうやっていくかなど、今まで試合に出ていないときや練習では味わえなかったものなので、自分の経験としては大きかったですね」

ーー具体的にどういったところが課題だと感じたのか


「ハイプレスだったり、前線の攻撃のスピード感だったり……。走力的にも70分いかないぐらいで交代してしまって、もう少し出たいと思いましたし、出ないといけないと思いました。攻撃に関わっていくときのクオリティや怖さという面では、慣れない部分もあったんですけど、もっと出せたのかなと思っています」

ーーこの試合で得た部分や手応えはどんなところか


「あまり特別な舞台という認識はなかったですけど、J1リーグというのは自分がもともと目標にしていたところではありました。ここを目標に、出れないときも練習を頑張っていたんですけど、入ったら入ったで気負いせずにやれました。そういう面では、今まで練習してきたもの、トップレベルの中で練習してきたものは無駄じゃなかったと思います。このチームで紅白戦だったり、練習をしていなかったら、こんなにすんなりと入れなかったかなと思います」

「次の課題が見つかったのと、これでデビュー戦が終わったので、特別な気持ちを持たずに次の試合は挑めると思います。次はもっとやれるという自信が今はありますし、強く思っています」

ーーこの試合に「すんなり入れた」と言ったが、天皇杯やACLでの経験はやはり活きていたのか


「自分的では、何もない状態でスタメンで出ても、あたふたせずにやれていたのかなと思います。(清水戦で)できたという自信もありましたけど、やっぱりクオリティの部分だったりは、まだまだ他の人たちと差があると感じました。そういう意味では、落ち着いてやれただけで、飛び抜けた部分はなかったかなと思います」

ーー率直に、今日の試合は点数で表すと何点?


「周りのレベルとか比較した中で言ったら20〜30点ぐらいですかね。デビューとか、そういうことを含めたら60点ぐらいあげたいんですけど……。やっぱり客観的に見て、自分のパフォーマンスがどうだったのかと言われると、また20点ぐらいですかね」

ーー遠征帰りということもあり、身体の疲れはあったのか


「身体的にはそういう面は多少あったかもしれないですけど、気持ち的には疲れはないです。僕はまだ若いので。先輩たちが連戦を頑張っていた中、自分は1試合しか出ていなかったですしね。プレスをかけにいくにも、自分主導でやらないといけないと思っていました」