全盛期はベンゼマ、レヴァンドフスキをも抑えていた

ウルグアイ代表のエースFWルイス・スアレスが母国の古巣ナシオナル・モンテビオに復帰することが決まった。2006年に同クラブを離れてから実に16年ぶりの復帰だ。

そこで改めてスアレスの欧州キャリアを振り返ってみる。欧州へ出てきたのは2006年のことで、最初に契約したのはオランダ・エールディヴィジのフローニンヘンだ。ここでいきなりシーズン15ゴールを決め、翌年にはオランダの強豪アヤックスへと引き抜かれた。実に順調なステップアップだ。

アヤックスでの3シーズンを経てからリヴァプール、バルセロナ、アトレティコ・マドリードと渡り歩いてきたが、この16年でシーズン得点数が20点に届かなかったのは何と4シーズンのみ。ストライカーとして完成したリヴァプール時代の2012−13シーズンからは9シーズン連続で20ゴール以上を達成している。この数字からも分かるように、怪我が少ないのも特長的だ。

中でもピークはバルセロナ時代の2015−16シーズンか。リヴァプールでプレミアリーグ得点王を獲得した2013−14シーズンも凄かったが、数字だけで見れば2015−16シーズンがベストだ。

この頃のバルセロナはリオネル・メッシ、ネイマールとともにMSNを形成していた時期で、スアレスはシーズン59ゴール、メッシは41ゴール、ネイマールは31ゴールを記録。3人だけで131ゴールを稼ぎ出す異次元の攻撃ユニットだった。

またスアレスは周りを活かすのも上手く、このシーズンはアシストも24記録している。59ゴール24アシスト、実に83ゴールを演出していたことになる。メッシとクリスティアーノ・ロナウドを含めないなら、当時のスアレスは世界最高のセンターフォワードで間違いない。

カリム・ベンゼマ、ロベルト・レヴァンドフスキ、同じウルグアイ代表のエディンソン・カバーニ、ズラタン・イブラヒモビッチらも世界最高級センターフォワードと呼ばれていたが、バルセロナ時代のスアレスは彼らをリードする存在だったと言っていい。

古巣に戻ったことで欧州を離れたが、今年はワールドカップがある。スアレスはウルグアイ代表メンバーに入ってくるはずで、ここでもう一度世界を驚かせてほしいところだ。