今年9月に亡くなった英国のエリザベス女王は、アーセナルのファンだったという説がある。女王が実際にどこかのファンであると公言したことはなく、ただ、2007年にバッキンガム宮殿のアフタヌーンティーにアーセン・ヴェンゲル率いるチームが招待された、その事実があるのみである。今となっては真偽を確かめるすべもない。

 だがスポーツ好きの女王のこと、きっと今季のアーセナルを好意的に見てくださっていたに違いない。ミケル・アルテタが率いるプレミアリーグでもっとも若いチームは、開幕から連勝に次ぐ連勝の快進撃。優勝候補のマンチェスター・シティを差し置いて、プレミア首位に立っている。現地ではどのような盛り上がりを見せているのか。10月30日開催の第12節ノッティンガム・フォレスト戦を観るべく、ロンドンに飛んだ。

 ロンドンを東西に横切る地下鉄ピカデリー線は、深夜まで市民の足となるメイン・ラインだ。『Arsenal』駅を降りてしばらく歩くと、家々の隙間から壮麗かつ現代的なエミレーツ・スタジアムが見えてくる。膨大な建築費が足かせとなり、クラブの財政を圧迫したとも言われるが、目の当たりにするとそのスケールと美しさに圧倒される。北側にはトニー・アダムズの、南西にはティエリー・アンリの像が建ち、周りには現所属選手のバナーがずらりと並んでいる。ここに冨安健洋の姿があることは、日本人としてとても誇らしい気持ちになる。

 アンリ像の近くにはグッズショップ『THE ARMOURY』がある。手始めに店員に話を聞いてみると「もう今季は最高だ。アーセナルは本当に本当に強くなった。グッズの売り上げも、すごくいいよ」と上機嫌。ちなみにシャツの一番人気はガブリエウ・ジェズス。ブカヨ・サカやマルティン・ウーデゴーのほか、グラニト・ジャカのシャツもとても人気があるという。一時はキャプテンを剥奪され、グーナー(アーセナルファンの通称)たちと険悪な空気になり退団まで考えたというジャカが、改めて支持されている。その事実には胸が熱くなる。

 『THE ARMOURY』を正面に見て左手の高架をくぐり、しばらく進むと、交差点のところに見えるのはグーナー御用達のパブ『THETOLLINGTON ARMS』である。平日は普通のパブで食事なども楽しめるが、マッチデイともなればグーナーたちでごった返すのだ。

「マッチデイにはグーナーがたくさん集まってくるよ。朝10時からだ。もう、めちゃめちゃ忙しいんだ。今季は試合に勝つから、どんちゃん騒ぎが終わらないんだよ。すごく疲れるよ」

 こう話す店員の男性は、実はクリスタル・パレスのファンであったというのが、ちょっと面白かった。

 10月30日・ノッティンガム・フォレスト戦。ついにマッチデイがやってきた。首位と最下位との戦いとなったが、実はアーセナル側には不安も大きかった。それまでのアウェイ2連戦で苦戦(1勝1分)、ELのPSV戦には敗戦。選手の動きも過密日程の疲労感を隠しきれず、良くない流れとなってしまっていたからだ。

 しかしスタジアムまでの地下鉄で一緒になった壮年のグーナーは、「心配ない」とあっけらかんと話してくれた。なぜなら、ホームだからだと。

 エミレーツ・スタジアムに足を踏み入れた瞬間、その意味を理解した。「サポーターの声援がチームの力に」とよく言われるが、今季のエミレーツでのそれはケタ違いのパワーを感じさせる。前半5分、ガブリエウ・マルティネッリが早速先制点をマーク。すかさず響き渡る『One Nil to the Arsenal 』。ペット・ショップ・ボーイズの『Go West』のメロディで歌われるこのチャントは、かつて1-0の勝利ばかりだったことから歌われるようになったそうだが、今では意味が変わってきているように思う。“1-0ばかりのアーセナル”ではなく、“まずは1-0。さあ、これからもっと得点を取ってやるぞ!”という、アーセナルの勢いを象徴する勝利の狼煙に形を変えている。

 スタジアムだけでなく、チーム自体の雰囲気もすばらしい。スタジアムで直に観ていると、コミュニケーションの多さがよくわかる。サカがタックルを食らって前半27分に負傷交代しているが、その間逆サイドのタッチライン際では、冨安とジェズスが何かを話しているのが見えた。このように選手間で常にコンセンサスをとり、時にはアルテタのところに集まってプレイを確認する姿が見られる。サッカーがチームプレイであることを理解し、一丸となっていることこそ今季のアーセナルの強さの秘密なのだということが、よくわかった。

 チーム一丸といえば、この日はベンチメンバーの起用も象徴的だった。サカと交代したリース・ネルソンは2ゴールを挙げ、今季出番のなかったセドリック・ソアレスもピッチに立った。バックラインはキーラン・ティアニーが入ればセドリックが右SBに移り、CBウィリアム・サリバの位置には久々にベン・ホワイトが入るという変幻自在ぶり。これからはレギュラーもサブもない、総力戦で戦うんだというアルテタのメッセージは、グーナーたちにも伝わっていたと思う。

 トーマス・パルティとウーデゴーのスーパーゴールも決まり、終わってみれば5-0の大勝劇。いち早く勝点を30台に乗せ、シティの追撃をまたも振り切ってみせた。ホームでは無敗どころか、全勝である。ホイッスルが鳴ってもゴール裏のグーナーたちは選手を、アルテタを讃えるチャントをいつまでも歌い、それは長方形に抜けたスタジアムの空に吸い込まれていった。美しい光景だった。魔法のような今季のエミレーツ・スタジアムは、全サッカーファン必見であると断言したい。

 試合後、『THE TOLLINGTON ARMS』に足を運んでみると、すでに大量のグーナーたちが出来上がっていた。

 テラス席にまで人が溢れかえっていて一瞬入るのをためらったが、着ていたアーセナルのシャツを見ると、来いと迎え入れてくれた。

 せっかくなので冨安についてどう思うかと、何人かのグーナーに尋ねてみたが、反応はおおむね好意的。

「彼は(オレクサンドル・)ジンチェンコのプレイをすぐさまコピーしてしまった。クレバーな男だ」

「今日は攻撃でも、良かったと思う。こないだはあまり良くなかったと思ったけどね。成長が早いし、信頼してるよ」

「 トミはモー・サラーよりも強いんだぜ、最高だ!」

 トミ・イズ・ストロンガー・ザン・モー・サラーというフレーズが強く印象に残った。「スーパートミ! スーパートミ!」のチャントを聞くことができなかったのは残念だったが、冨安はイングランドのファンたちからも、バッチリ信頼を得ているようだった。

 彼らは今日の勝利を讃え、お気に入りの選手について熱っぽく語り、時おり誰かが歌い出すと大合唱になった。まさにイングランドサッカーという光景が、そこにあった。あまりの人の多さと疲労感に、1時間も経たずして店を出てしまったが、いつまで彼らはああしていたのだろうか。

 監督、チーム、そしてグーナーたちが一丸となって、この熱量を持っている限り、アーセナルはそう簡単に負けないだろう。

 今季は本当にいけるのではと、多くのグーナーは思っているはずだ。

文/前田 亮

電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)275号、11月15日配信の記事より転載