プレミアリーグ17試合を消化した時点でのブライトンの順位は8位。このままでもプレミアリーグに昇格した2017-18シーズン以来、最高の成績になる。現在のチームの基盤を作ったのは2019-20から3シーズン指揮を執ったグレアム・ポッター監督だった。
スウォンジーから来たポッター監督は独自の心理的アプローチと柔軟なシステム、ボール保持のスタイルでブライトンを魅力的なチームに仕上げた。今季の9月にチェルシーの監督に就任したため、ロベルト・デ・ゼルビ監督が現在の指揮官だ。監督交代はあったものの好調は維持している。とくにワールドカップ後に目覚ましい活躍をみせているのが三笘薫だ。
ポッター監督下の三笘はレギュラーポジションをつかみ切れていなかった。左のウイングバックとして交代出場するケースが多かった。ただ、これは日本代表での起用方法と似ていて、途中出場で一気に攻撃のギアを上げる役割を担っていたともいえる。デ・ゼルビ監督に代わってからは[4-2-3-1]の二列目左でプレイするようになり、ポジションが前になってからは本領を発揮できるようになった。
川崎フロンターレのときから左サイドでの突破力は素晴らしかったが、それがそのままプレミアリーグで通用している。その選手の長所がどのレベルまで通用するかは、どこまで行けるかの指標になる。三笘のドリブルは世界最高峰のプレミアリーグで十分に通用しているのだから、世界最高レベルの選手になれる「可能性」があるということだ。
ただ一方で、長所だけでは「可能性」にすぎず、長所以外のプレイもリーグの平均レベルにないとポジションは確保できない。しかし、その点でも三笘は問題がない。守備の貢献度も低くはないからだ。FIFAワールドカップで証明したように、左サイドバックの位置でもしっかりとやれている。いまやプレミアでも最も注目されるアタッカーの1人だ。
三笘は単なるドリブラーではない。少なくとも相手2人を操れるところに本当の凄みがある。
三笘のドリブルには法則性がある。左サイドで相手と対峙したときに右足の前にボールを置き、左足は前方に置く。このときの相手との角度と距離で仕掛ける方向が変わってくる。相手がボールに正対したときは、三笘の左足はすでに相手より半歩前にあるので、右足で引きずるようにボールを縦へ持ちだせば「半歩」のアドバンテージを生かして振り切ってしまえる。逆に三笘の左足に相手が正対する、あるいは縦への仕掛けを警戒して後退した場合は、カットインのコースが空くので中へ入って行く。相手との角度と距離によって、どちらかに抜けられるようなボールの持ち方をしている。この駆け引きの上手さ、仕掛ける前の状況判断がまず優れている。
ただし、三笘の凄さはこれではない。対峙する相手の背後にいる守備者も視野に入れているところが別格なのだ。カバーリングのDFが対峙している相手と同じ高さなら、縦に抜いてから次のタッチで2人目もかわす。カバーのDFが対峙している相手より深い位置のときは、縦に抜いてから切り返すか、最初からカットインを狙う。つまり、三笘は2人を抜くときに1対1を2回やらない。1回の仕掛けで2人を抜く算段をすでにつけている。
DF2人を相手にできる三笘は、ドリブルだけでなくパスも効果的に使える。DF2人の間隔が狭いときにはその外側へのパスコースは空く。逆に2人が「門」になっていればその間にパスを通すことができる。どちらにしてもパス1本でDF2人を無力化できるわけだ。三笘のドリブルを1人では抑えられないので相手は必ず2人来るのだが、そのときの三笘はドリブルをキャンセルして効果的なパスに変えている。
ドリブルで縦にも中にも行けて、敵を固めてパスで無力化することもできる。左サイドは三笘の「庭」だ。ブライトンの強力な攻め手になっている。
プレミアは多国籍チームが多いがブライトンも例外ではない。スコットランド、アイルランドを含めると12カ国の選手たちで構成されている。
イングランド籍以外の最大派閥は3人を擁するエクアドル人だ。左SBペルビス・エストゥピニャンとMFモイセス・カイセドはワールドカップでもエクアドル代表の中心選手としてプレイした。
三笘と左サイドを組むエストゥピニャンはスピード、テクニックを兼ね備え、左利きという点でも典型的な左SBといえる。カイセドは運動量豊富で攻守に幅広く活躍。このカイセドと組むアレクシス・マックアリスターはアルゼンチン代表としてワールドカップ優勝に貢献した。
マックが名前にあることから想像されるように、スコットランドとアイルランドの血を引いているようだが、本人は生まれも育ちもアルゼンチン。ただ、テクニシャンでありながらハードワークを厭わないプレイスタイルはどこか英国風ではある。
ベルギー代表のレアンドロ・トロサールは今季序盤のヒーローだった。リヴァプール戦のハットトリックは昇格以来初の快挙。マンチェスター・シティ、マンチェスター・ユナイテッド、リヴァプールといった強豪相手に活躍する勝負強さが光る。左サイドでのプレイを得意とするが、三笘の台頭、ダニー・ウェルベックの負傷欠場もあって第18節のアーセナル戦では1トップで起用された。俊敏でテクニックに優れ得点力が高い。ただし、1トップのタイプではないので[4-2-3-1]なら今後はトップ下でプレイするのではないかと思われる。
これまでは三笘と交代するケースが多かったが、三笘とトロサールのコンビはブライトンの攻撃のカギになるだろう。
ポッター監督をチェルシーに引き抜かれたのは痛手だったに違いないが、後任にデ・ゼルビ監督を据えたことでチームの継続性は保たれている。
デ・ゼルビは前任のポッターとよく似た経歴の監督だ。下部のクラブで経験を積み、攻撃的なスタイルを実現させてきた。ポッターがスウォンジーで名を揚げたように、デ・ゼルビはサッスオーロで実績を積んでいる。スウォンジー、サッスオーロはどちらもリーグトップクラスのチームではないが、ボールを保持して攻撃するプレイスタイルを貫いて注目された。さまざまなシステムを使い分ける柔軟性もポッターとデ・ゼルビの共通点だ。
対戦相手への対応を怠らず、かといって相手に合わせるだけのサッカーではない。中位に定着しつつ上位も狙っていくブライトンにとって、ポッターとデ・ゼルビはどちらもうってつけの監督といえるだろう。
英国南部の町であるブライトンはロンドンから1時間で行けるビーチ・リゾートとして知られている。パブやクラブも多く「パーティー・タウン」とも呼ばれている。炭鉱や港町のクラブを中心に発展してきたイングランドサッカーの中では、かなり異質な存在といえるかもしれない。
2009年に会長となったトニー・ブルームも異質だ。元ポーカーのプレイヤーで世界的な大会でも活躍していた。サッカークラブの会長としては異色のキャリアだが、父親や祖父がブライトンの経営に携わっていて、もともとブライトンのファンだった。
ポーカーのプレイヤーとして、さらにスポーツ・ベッティング(賭け屋)でも財を成した。いわば根っからの勝負師なのだろう。チャンピオンシップ時代から6シーズン率い、プレミア昇格の功労者でもあるクリス・ヒュートン監督を「変革の時」と宣言して解任、ポッター監督を迎えたのはブルーム会長らしい英断だった。さらにベルギーのユニオン・サン・ジロワーズのオーナーでもある。三笘が英国の労働許可がおりる前に貸し出されていたクラブだが、21−22シーズンは昇格してトップリーグ優勝という快挙を成し遂げている。
英国サッカーに新風を吹き込む異色クラブ。ブライトンはダークホースとして上位をかき回す力を秘めており、彼らの躍進が、プレミア後半戦のカギを握っていることは間違いない。
文/西部 謙司
電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)277号、1月15日配信の記事より転載