各地に寺子屋ができ、庶民も文字が読めるようになった江戸時代後期。弥次郎兵衛と喜多八のずっこけ2人組が、江戸品川から東海道を下り、伊勢参りをすませ、京大阪を見物する「東海道中膝栗毛」という滑稽本が、江戸中の話題をさらっていました。

作者は、駿河府中(現静岡市)出身の十返舎一九。本名を重田貞一といいます。駿府町奉行所同心、重田氏の次男らしいのですが、出生には不明な点が多い人物。奉行所に勤めたのち、大阪に転勤となったのを契機に、近松門左衛門の門を叩き、役人と作家の2足のわらじ生活を始めます。

彼は謡曲、狂言、書画等に通じていて、かなり教養のある武士だったそうです。役人を続けながら浄瑠璃本を書き上げますが、結局武士家業をやめ、江戸へ。多くの黄表紙本や洒落本を発表し、貧乏ながらも作家を業とするようになりました。そして「東海道中膝栗毛」出版後、洒落本作家としての地位を確立します。

江戸文学に数々の功績を残した一九は、病のため67歳でこの世を去りました。彼は、自分の死を予期しており、前日、頭蛇袋に線香花火をつめておいて、火葬場で弔いの人々を驚かせたそうです。最期まで、洒落た人生を送ったようですね。