能登半島地震で自宅を失い、輪島市から岐阜県飛騨市に避難している家族がいます。27日、金沢市内の仮設住宅に入居することになった一家に、故郷への思いを聞きました。  26日午後、飛騨市役所を訪れて市長に感謝の思いを伝えた今井孝さん(72)と妻の須美寿さん(76)。

 2月2日に50代の娘とともに石川県から避難し飛騨市で暮らしていましたが、金沢市内の仮設住宅への入居が決まり、27日、石川に戻ることになりました。  今井さん一家が暮らしたのは、飛騨市にある民宿「やまびこ館」で、市が無償で提供しました。

今井孝さん: 「ちょっと余裕ができたら、みんなで一度2泊か3泊くらいするつもりで、また来てみたいなという気持ちは十分あります」  今井さん一家が3人で暮らしていた輪島市の家は、大規模な火事が起きた「朝市通り」の近くにありました。

須美寿さん: 「4枚のガラスが全部割れて外に飛び出していたんですよ。『えっ!』と思って見たら、お父さんが『おい、津波が来るぞ!』って、それから始まったんですよ」  孝さんは肋骨を折るなどの大ケガをしながら、家族とともに高台に避難しましたが、自宅は大規模火災の火が回って焼け落ち、その後は避難所となった中学校に身を寄せたといいます。

今井孝さん: 「午後5時前にはもう燃えていたという感じですね。1軒だけなんですよ。そんなにひどい燃え方じゃなかったので、じきに鎮火するだろうと。体育館が寒かったです。ガラスが割れて周りがなくて、外にいるくらいの感じ」  能登半島地震の発災から間もなく3カ月です。石川県には戻れるものの、拠点は金沢市内の仮設住宅で、故郷の輪島にいつ帰れるかはまだ分かりません。 今井孝さん: 「魚はあれからどうなっているか、漁に出ていないから分からないですけども。港自体がもうダメですから。船が出せない、(海底が)隆起していてすごいですよ」  今井さんは震災前、漁協関係の仕事をしていました。輪島市では地震の影響で漁港の海底が隆起して船が出られないなど、復興への不安を抱えていますが、それでも故郷へ戻ることに強い思いを抱いていました。

須美寿さん: 「家をまだ見ていないんですよ。50〜60年住んだ家を。燃えるのを見ていたとかならいいんだけど、本当にピンと来ないんですよ。怖いけど戻りたい。戻れば友達もいるし、金沢に行っても住んでないから友達もいない。怖いけど戻りたい」